第3話
そのころカイステン領の農民に、ある動きがあった。
彼らは貴族からは、反乱農民と呼ばれていた。
「教会がいうように、神が存在し、この世界が正しいなら、
神は、オレたち農民を、貴族たちに殺されるために、作り給うたことになる
そんなワケあるかッ!
オレたちは、オレたちのために生きているんだ!
誰かのために、生きているんじゃない!
貴族を全員殺してでも、オレたちは生きるんだ」
彼らは自身を、自治農民と呼び、貴族と騎士に戦いを挑んだ。
キーガンは、オリスを見殺しにした傭兵隊長を殺し、身分を隠して、この自治農民に加わった。
自治農民の首領は、女でミーナという名前だった。
元の首領はずっと男だったが、何人も殺され、今は彼女が首領だということだった。
「私は彼らから正義のバトンを渡されてきたの。だから、必ず彼らの望んだ世界を作ってみせる」
ミーナはそう語った。
人殺しの技術を持っていたキーガンは、農民たちの指導役に選ばれた。
戦いに慣れていない農民たちに、彼は距離を取って戦うことを教えた。
槍、矢、投石を使い、戦い慣れした傭兵の『得意な距離』で戦わない。
まともにやり合う必要などない。
傭兵は騎士の気風に染められ、剣を用いた戦い方をさせられていた。
卑怯とののしられても、勝てば良いのだ。
今までの彼の戦闘思想が、ここでは役に立った。
元々農作業で屈強だった若者たちは、武術を教えるとメキメキと上達した。
戦闘でも、キーガンは前に立って、みんなを鼓舞した。
戦闘の後、若者たちは彼にいった。
「あなたを尊敬します」
キーガンは、同じ人殺しでも、心の中に、今までにない充足を感じた。
彼は、さらに戦術も磨いた。
こっちが数が少ないと見せかけて誘い込んで討ち取ったり、傭兵同士で戦いが終わり、やっと勝って油断した相手に攻め入り、皆殺しにした。
優勢になった彼らに、他区の農民たちも次々と仲間に入り、土地の情報を与え、有利に戦闘を進める。
戦闘にもしだいに慣れ、敵の武器も奪い、さらに強くなる。
恐れるものは、無くなった。
「あなたは私たちの英雄よ!」
ミーナがいった。
自治農民は大きな勢力となり、カイステン領をほぼ手中に収め、貴族の城に攻め入り、領主を討ち果たした。
…だが、成功の蔓延は、裏切りを呼ぶ。
ある日、キーガンはミーナに呼ばれた。
彼女は暗い表情で彼に尋ねた。
「あなたが、以前、我々の敵、傭兵だったという人がいるの」
「……」
「私には信じられないわ。あなたはとても優しい人だから、あの凶暴な傭兵だったなんて…」
キーガンは意を決していった。
「実は少しの間、傭兵をしていたことがあります。でも信じてください。自分から望んで人を殺したことは一度もありません。それしか道がなかったんです。それに、そのおかげでみんなに戦闘の技を教えられました」
彼は嘘をつきたくなかったのだ。
「否定すれば、そのままにしようと思っていました…」
彼女がそういうと、彼女の後ろのカーテンから、兵が出てきて、キーガンを捕らえた。
牢屋に入れられ、キーガンは思った。
「英雄と褒められた後に、このザマか」
牢の様子を確かめる。
「厳重な警戒だ。ここから逃げることはできない」
そして思った。
「…ならば彼らと戦って、ここから逃げるか。いや。それもできない。彼らを殺すことは、オレにはできない」
そして、こう思った。
「出来ることはすべてやった…
後悔はない」
さらに、あの日のこと、自身の村が襲撃された日のことを、思い返していた。
「…オレはあの時死ぬべきだったのかもしれない。
なのに生きようとして、すべてが狂っていったのかもしれない…」
彼は処刑されることになった。
処刑士の前に引き出された。
その彼も、キーガンが剣の使い方を教えた男だった。
壇上からミーナが叫ぶ。
「我ら民衆の敵!
キーガン・ケラー!
なにかいいたいことがあるか!」
黙っていると、ミーナが吐き捨てるようにいった。
「不遜なヤツ! 殺されて当然だ!
許しを請うならまだしも!」
キーガンは思った。
これはきっと必要な行為なのだろう。
『自治』のために…
オレにとっては、時間のムダだが。
ミーナが叫ぶ。
「裏切者に、死を!」
とにかく、このクソみたいな人生も、これで終わりだ。
そう思うと同時に、剣が振られ、彼は死んだ。