第1話
日が沈んで間もなくのことである。
キーガンの住むグレスタール村の、隣村ラウターから火の手が上がるのが見えた。
農民であるキーガン・ケラーのレーベン国は、戦乱の中にあった。
支配力の薄れた王の元では、貴族を抑えきれず、強欲な貴族たちは配下の騎士たちを使い、思うままに領地を奪い合っていた。
キーガンはラインナッハ領の小作農だったが、隣領ラヌンゲンの騎士が領地を奪いに来襲し、隣村が焼き払われたのだ。
「すぐに裏山に逃げろ!」
父親はキーガンにいったが、それまで戦いに巻き込まれた経験の無かった彼は、『貴族たちの戦いは農民に関係ないもの』と思っていたので、父親のいうことを大げさだと思っていた。
しかし、隣村の炎がどんどん広がっている様子を見て、とりあえず母親と妹を連れ、着の身着のままだったが逃げることにした。
父親は家財を守るために、ひとり家の近くに隠れた。
農民の家に生まれた彼は、父の教えを聞いて畑を耕し、自然の中で育って草花を愛し、愛情をかけて作物を育てれば、時に天災に裏切られることはあっても収穫を得られる幸せな日々を送っていた。
彼が山に入って間もなく、村に騎士たちは火を放った。
裏山から心配そうに見守る彼は、父親に無事でいてくれと願いながら、悔し涙を流した。
そんな中、一緒に逃げてきていた幼なじみのアイリス・ルースが、家が心配なので見に行くといいだした。
周囲のものは止めたが、母親を早くに亡くし、父親一人で育てられた彼女は、父親が心配で居ても立ってもおれず、村に戻った。
「気を付けるんだぞ」
母親と妹を守る約束を父親としたキーガンは、そういって見送るしかなかった。
騎士たちの略奪は、次の日には収まり、キーガンの家族は村に戻った。
村の家々は焼け落ち、畑も荒らされて、何も残っていなかった。
見慣れているだけに、その変わり様に心が痛んだ。
母親と妹は涙を流し、家へと急いだ。
自宅に辿り着くと、家は焼け落ちていた。
庭に肉片らしきものが落ちており、近づいて見ると、五体を切り刻まれた父親の姿だった。
それを見た母親は、半狂乱状態になった。
妹となんとか説き伏せ、落ち着いた様子になったので、一人にしていた。
しばらくして見に行くと、母親の姿が見えない。
あたりを探し回って見つけたが、焼けた納屋の中で、首を吊って死んでいた。
幼なじみのアイリスは、レイプされ、腹を裂かれ、内臓がはみ出た状態で死んでいた、と聞いた。
彼女の父親も殺され、隣家の人が2人を埋葬したそうだ。
彼女と一緒に夏の川で水遊びをし、淡い恋心を抱いた事を思い出し、心に穴があいたような気になった。
キーガンも妹と泣きながら、父親と母親を埋葬した。
妹は町に出で仕事を探すことにした。
彼は騎士の元で傭兵になろうと考えた。
家にいても、飢え死にするしかないからだ。
戦火から離れたどこかの村で、小作になる方法もあったが、彼はそうしなかった。
奪われるだけの人生は御免だ。
傭兵になれば、奪われる側から抜け出せる。
そう思ったからだ。