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スクール水着が廃止された日

作者: 田村のど飴

「多様性の観点から、本校では今年度より男女共にスクール水着を廃止し、水着の選択を自由化することになりました。そういうわけで、七月からプールの授業がはじまるので、それまでに各自、水着を用意しておくように」

 体育教師から、そんなアナウンスがあったのが、五月のこと。

 それから時は流れて、現在は六月の終わり。

 水瀬沙紀はショッピングモールの水着売り場で悩んでいた。 

「これは……ちょっと派手かな?」

 手に取ったのはハイビスカス柄のビキニ。黄色の生地に、赤いハイビスカスがプリントされていて、とても可愛らしいのだが……海水浴に行くならともかく、さすがに学校の授業で着るには、いささか色が明るすぎるような気がした。

「うーん」と悩ましい声をあげながら考え抜いた末――沙紀は結局、ビキニを元あった売り場へと返して、

「もうちょっと落ち着いた色にしよう」

 ふたたび水着を探し回ることにした。

 しばらく水着売り場を回遊していると、一体のマネキンが目に入った。マネキンの着ているフレアビキニはミルク色の生地と胸元のフリルが上品な可愛さを演出しており、

「これ、いいかも」

 おもわず心が惹かれた。

 これなら授業で着ても問題ないだろうし、これにしようかな。

 マネキンを見つめながら、そんな風に考えていたら、


「あれ、水瀬さん?」

 

 ふいに名前を呼ばれて、沙紀は驚いた。

 振り向くと、そこには眼鏡をかけた少年がキョトンとした顔で立っている。

 知ってる顔だ……っていうか、学級委員長じゃん。

 名前はたしか……森田……いや、森下? 森野だったっけ?

 クラス全員が『委員長』って呼んでるから、とっさに名前を思い出せなかった。

 沙紀が委員長の名前を思い出そうとしていると、

「奇遇だね。水瀬さんも授業で使う水着を買いにきたのかい?」

 委員長は、人懐っこい微笑を浮かべて、そんなことを尋ねてきた。

「まあね、委員長も?」

「うん。これからレジに持っていくところなんだ」

「へぇ、そうなんだ。どんな水着?」

 見せて見せてとせがむと、

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた」

 委員長は嬉しそうに「これにしようと思ってるんだ」と、右手に提げていた買い物カゴから、一着の水着を取り出してみせた。

 その水着を見て、

「え」

 沙紀の頬がひきつった。

 委員長が取り出したのはスクール水着。

 しかも、最近のスパッツタイプではなく、コスプレ人気が高い方のスクール水着だった。

「……な、なんで女子用?」

 沙紀が尋ねると、委員長は爽やかな笑顔で、

「浪漫だからさ」

 って、答えた。

 意味が分からなかった。

「っていうか、スクール水着は廃止されたんじゃないの?」

「水着が自由化されただけで、スクール水着を着てはいけない訳ではないよ」

「あ、そうなんだ」

「だから、水瀬さんも着たければ男子のスクール水着を着たっていいんだ」

「いや、着ないから」

 海パンだけじゃ、胸、隠せないし。

 即答すると、

「……そか」

 委員長はとても残念そうな顔をした。

 なにを期待してたんだか……。

「委員長って、女装が趣味なの?」

 沙紀が尋ねると、委員長は首を横に振った。

「いや、べつに」

「じゃあ、どうして?」

「スクール水着が好きだから、かな」

「?」

「黒い光沢。伸縮性の高い布地。これっぽっちもファッション性のない機能美。学生しか着ることのできない希少性。。そのすべてが僕を狂わせるんだ」

 そう言って、委員長はスクール水着をレジへ持って行って購入した。



 その翌月。

 今年最初のプールの授業が始まった。

 沙紀はプールサイドで三角座りをしながら、クラスのみんながプールで楽しそうにはしゃぐ姿を眺めていた。

 水着がないから、今日はプールに入れない。

 すごく楽しみにしてたのに、まさかあの日買ったフレアビキニを家に忘れてしまうだなんて……最悪。

 しょんぼりと沙紀の肩が落ちる。

 自分はあの楽しそうな輪に加われないのだと思うと、どんよりと気分は沈んだ。

 みんな、楽しそうだな。

「いいなぁ」

 無意識に羨望が口から漏れていた。

「水瀬さん」

 ふいに、横から声をかけられた。

 見ると、プールサイドに体操着姿の男子が立っている。

 男子の目元では眼鏡が太陽を反射してキラキラと輝いていた。

「委員長も水着わすれたの?」

 って、尋ねると、委員長は首を横に振って、肩に提げていたスイムバッグから女子用のスクール水着を取り出した。

 それは、あの日、委員長がショッピングモールで購入したスクール水着だった。

「水瀬さん、水着忘れたんでしょ。よければ、これ使って」

 そう言って、委員長はスクール水着を沙紀へ差し出してくる。

「え」

 戸惑いの声が沙紀の喉からこぼれた。

「水瀬さんに使ってほしいんだ」

 って、委員長は言った。

「でも、私がそれを受け取ったら、委員長の着る水着がなくなっちゃうでしょ?」

 当然の疑問を口にすると、

「僕は良いんだ」

 と、委員長は笑った。

「なんで? スクール水着が好きなんじゃないの? 着たかったんじゃないの?」

「もちろん、スクール水着は好きだよ。でも、それ以上に、僕はスクール水着を着た女の子が好きなんだ」

 ――僕は水瀬さんのスクール水着姿が見たい。

 そう言って、委員長はなかば強引に沙紀にスクール水着を押し付けてきた。

 スクール水着を受け取った沙紀は、

「ほんとに借りていいの?」

 と上目遣いに尋ねた。

「むしろ、僕が借りてほしいんだ」

 委員長はスイムバッグから水泳キャップとゴーグルを取り出すと、それも貸してくれた。

「あ、ありがとう。あとで洗って返すね」

 感謝を伝えると、

「洗わなくていいよ。使ったままの状態で返してくれたらいいから」

 そう委員長は鷹揚に答えた。

「いや、洗って返すから」

「……そか」

 なんでそこで残念そうな顔をするのやら……。

 ともあれ、

「じゃあ遠慮なく借りるね。ありがと、委員長」

 もう一度お礼を言って、沙紀は更衣室へと駆けだした。

 扉を開けて、更衣室に入る。

 さっそく体操着を脱いで、スクール水着へ着替える。

 スクール水着の胸元にはゼッケンがついていて、そこには『一ー二 もりもと』と書かれていた。

 そこで、そういえば委員長の名前って『森本』だったっけと沙紀は思い出した。

 委員長、もとい、森本は、まちがいなく変態なのだろう。

 でも、もしかすると優しい変態なのかもしれない。

 そう思うと、すこしだけ森本に興味がわいた。

 沙紀の胸の深いところで「トクン」と心臓が高鳴る音がした。

 森本って、スクール水着以外に好きな物とかあるのかな?

 好きな人とかいるのかな?

 森本のことを知りたい。

 そんな想いが心に芽生える。


 スクール水着が廃止された日、水瀬沙紀は恋に落ちた。

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