前哨戦
「獄洞 蠱飢間………。確か『血旋の終日』のリーダーをやってるっていうアノ……」
「有名人扱いすんなよ。照れんじゃねえか。サインならテメェの血液で肌身に直書きしてやってもいいぜ?光栄だろ?」
ククッと誰かがほくそ笑む。その余裕は男達に伝播する。もはや隠す気もない嘲笑が場を席巻する。むしろ、この状況を笑わずにいられるだろうか?とでも問い質すように、とにかく翫弄する。
男達と組織の長、、、個としての総合的な実力差は歴然だ。では、現状はどうだろう?戦力差でいえば、人数差、戦闘経験知の深度、この都市特有の異能である個人間常識、そして武装。どの点においても男達の方が勝っていた。何よりも、とある男は見通していたのだ。
「獄洞 蠱飢間って言ったけ?そんな丸腰で大口叩いていいわけ?」
「どこ見て言ってんの?」
「全てさ。青くっせぇ頭の旋毛から足の爪先までっ!真っ裸で見えてんのさ!」
獄洞 蠱飢間には理解できぬことだが、男達にとっては符牒のようなものだったらしい。獄洞 蠱飢間を丸腰と評した男は透視個人間常識持ちの人物であり、男達にとってその男の発言は目の前の少年が取るに足らぬ存在であると値踏みさせていた。
そんなことなど露知らず、獄洞 蠱飢間はゴホッゲホッと息を詰まらせる少女、、、勿忘 果無を一瞥する。一時の無事を観測できたことで、獄洞 蠱飢間は男達に接近する。
ゆっくりと、しかして一瞬で間近にいる男に詰め寄り、その頭蓋を吹き飛ばす蹴りを見舞わせる………はずだった。
「ッ!?」
「オイオイ、なんだその蹴りはぁ…ここぁガキの修練所がぁ?」
獄洞 蠱飢間の蹴りは男のこめかみ寸前で止められた。簡単な話、男の腕が遮ったからだ。正直獄洞は内心の焦りを隠しきれなかった。男が反応できたから、ではない。吹き飛ばされる威力を無事いなすことができていたから、でもない。
ただ堅かったからだ。
(この感触……脂肪の弾力がない、なんてレベルじゃねえ。かなり高密度の骨、あるいは金属……そんな無機的な硬度がある腕だ。蹴りをいれたこっちの骨のがバッキボキに折れてもおかしくないぜ。これがヤツの個人間常識?だが、この違和感は個人間常識とはズレているような…)
長い袖口の下に、肢体にフィットするように作られた黒の肌着がチラリと垣間見えた。いや、正確には肌着なんてチープなものではない。それはウェットスーツのような形でありながら、ゴムだけでなく確実に合金も含まれていた。補聴器や、義手、義足のように身体の補填を行うもの、ただし、一元的な意義で似通ったものであるとしても、その黒いウェットスーツのような物は明確に必要以上の身体補強を促していた。
言わばソレは兵器に近いのかもしれない。
「テメェが着てんのは……」
「まさか、気づいちゃった〜?まあ、俺の……俺らの身体能力は個人間常識抜きで戦車レベルよ。すげえだろお?俺らも今は貸与してもらってるだけなんだが、この服は『人間要塞』っていうあくどい個人間常識使いを黙らせるために作られた物らしいぜ?まあ、あくどいっていえば獄洞 蠱飢間とかいうヤツも対象内だよなぁ!!」
男は意趣返しとでも言わんばかりに蹴りを繰り出す。獄洞 蠱飢間は咄嗟に男から距離を離そうとする。だが、間に合わない。
厳密に言うと、男は獄洞 蠱飢間のような上段蹴りではなく、地面をガリガリと不愉快な音を立てて削り出し、ガーデンルームの草や土を宙に舞わせ視界を奪っていた。
「ッ!?」
情報源の1つが一瞬間絶たれる。それは刹那の思考停止。そして無限の可能性の中から敗因を生じさせる。
その隙をつき、大小様々な男達が獄洞 蠱飢間の四方を囲むように接近する。その全てが袖の下に黒色の肌着……『人間要塞』を着込んでいた。ゴッと空を裂くような轟音と共に獄洞の腹にパンチが叩き込まれる、それもフルスイングの金属バットのような重圧を乗せて。
腹、腕、脚、背中、股間、顔面、体中のありとあらゆる部位を撲られる
「ゴホッ……」
「何1人くたばろうとしてんだよっ!まだまだ太陽が俺達に動けって言わんばかりに照らしてくれてんだ。宵の明星まで遊ぼうぜっ!!」
男達の目には弱りきった独りの少年が写っていただろう。
だが、獄洞 蠱飢間の目はまだ光明を見定めていた。
獄洞 蠱飢間には男達の戦闘スタイルを致命的な敗因に変える術を見つけていたのだ。その方法は簡単だ。獄洞 蠱飢間は男達全てを蹴散らすのではない。男達に数を減らしてもらえばいいのだ。
男達の拳が獄洞 蠱飢間の顔面を撲るように打ち出される。それを潮時と捉えて、獄洞 蠱飢間は全体力を使い背骨をパキパキと折れてしまいそうな豪快な音を立ててブリッジの体勢に移る。男達は消耗しきった少年にそこまでの体力があることは見抜けなかっただろう。これならば男達の攻撃を回避することも可能かもしれない。だが、獄洞 蠱飢間の狙いの真価はまだそこにない。
四方を囲んで撲る。もし男達の武装が拳銃だとしたら、この状況は獄洞 蠱飢間という加害目標が中央にいるとしても、射線を交差させるという初歩的かつ致命的な状況とは言えないだろうか?そして敵となる男達は服の下にのみ『人間要塞』を装着しており、首より上は無防備。
つまり、ここで獄洞が華麗な回避を成功さすれば、獄洞 蠱飢間の顔面に拳が……なんてものは幻想と散り、交差した拳は男達の顔面に金属バットのフルスイング級の特大威力をクリティカルヒットさせて鼻っ面を物の見事にひしゃげさせることになるだろう。
だが、その過程はあくまで『人間要塞』の性能がその程度で済まされれば辿り着ける結末であった。たしかに獄洞 蠱飢間の回避は一時的には成功しただろう。交差した拳の早さは男達の認識より早く、それこそ男達の神経が拳の停止を命じるより先に行動は明確に完結するだろう。ならば、何も恐れることなどない。獄洞 蠱飢間の考えは正しく、男達を早2名脱落させられる。
だが、だが、だがしかし、そこまでの性能を叩き出す『人間要塞』という兵器の性能は傷害未然防止装置などという基本的設計を仕込んでいるはずで、そして、人体の限界を無理矢理に引き出しながらも活動を可能とするこの兵器の傷害未然防止装着は、獄洞 蠱飢間という少年に出し抜ける程度の代物であろうか?
否。
交差した拳の軌道が変貌する。『人間要塞』が服下からの振動で状況をつぶさに把捉、他『人間要塞』との電子情報を共有し、現在の地形、敵対勢力の規模、次行動の最適解を演算・抽出、それらに掛かる処理時間は0.1秒だって余暇が生じる。『人間要塞』の傷害未然防止装着の機能は一般人の予測を嗤うようなファンタジー物だった。
衝撃が放たれる先は男達押し並べての予測である獄洞 蠱飢間の顔へと向かう。バキッと、とても人が撲られただけで発生する振動より一際強烈で惨烈な破砕音が嘲りと共に虚空に鳴り渡る。
その音は独りの少女を起こしてしまう、虚仮の刻限であった。
「……こ、うま……?」
「ガァッ……!?」
獄洞 蠱飢間の身体が数mも飛んでゆく。
その中で笑う。嗤う。頬が不気味に弛緩する。
最高の結果とは言えないが、最低の結果でもないだろう。
つまり、
こんな状況下でもしたり顔を張り付けてしまうくらいの計画内というわけである。
獄洞 蠱飢間は衝撃を受け入れるようにアホみたいにぶっ飛ばされ、その勢いに乗り、後方回転をして一気に7mほど後方へと下がる。バカげている。それは結構な意見だが、少年にとっては結構だ。そもそもこの少年、男達にタコ殴りにされながら体力は余りに余っている化け物だ。ならば、まともな道理並び立てても、所詮は御託という一言に堕ちてしまう。
軽快な音を立てて着地。男達を睥睨する。そしてニマニマと男達を見据える。
「………」
「ふっ、ふはは、なんつーか、テメェら見た目通りの知能で助かったよ。お礼を言ってやる。」
「獄洞 蠱飢間ぁ……くくっ、歯ごたえがあるヤツでいたぶり甲斐があるよ。」
「テメェらはそんなカッコイイ兵器使わねえと1人じゃ立てねえくらい脆弱で無聊で愚劣だよな。正直愛らしいぜ?無能の見本市って感じの烏合の衆で。」
男達の視線が血気に凍る。
「テッ、メェ……さっきから黙って聴いてりゃあ!!」
「黙って聴いてる?そりゃ朝日を見て夕日だと勘違いするくらいには同情を誘う謳い文句だぜ?そんなテメェらに慈雨としてイイ言葉贈ってやるよ。今のテメェらの状況を的確に現した言葉を。『浅瀬に仇波』意味はぁ……」
クスッと悪魔的冷笑で1拍を置いて、柔和で無情なニュアンスで端的に述べる。
「能無しの長話……これで通じるかな?頭空っぽちゃん。」
「………ッ!?殺すっ!ぶっっっっちっっっコロして──」
「………落ち着けよ。おれはいつも言ってんだろ?怒りは敵に思えって。」
時が止まった。そんな錯覚を催すくらい、男達の細かな動作、表情さえもデスマスクのように固まる。
たった一言、制止の号令を述べたのは先程まで黙っており、獄洞 蠱飢間の撲殺に参加しなかった男だった。
「独りだけサボタージュしてんのに無視されちまってる、ほんっっとに可哀想なヤツがいると思ったら、そういうことかよ。テメェがリーダー?」
「初めまして獄洞 蠱飢間さん。おれはこの集団のリーダー的な立ち位置になっちまってる燻利箭 黒威だ。お別れの挨拶はこれでいいのかな?」
「ふーん、洒落たジョークだ。だが、まだダメだ。テメェじゃあ俺を誅戮できねえよ。」
「ジョークでもないし、君を殺すことができるのは事実だ。ふむ、折角だな。私から良い諺を教えてもらったお礼にお返しをしたいところだね。あっ!そうだ。君に実力、なんてものを教え返すのは実に楽しい授業になりそうではないか?」
ハッ!と獄洞 蠱飢間は鼻で嗤い、緋色の瞳で来いよと挑発する。
男達は未だに固まったままだ。だが、余裕の色が色付いているのは確かだ。つまり、男達は目の前の化け物以上の化け物が、燻利箭 黒威であると信じて疑わないことを暗に示していた。
燻利箭 黒威は2m近い身長で非常にがたいが良く、兄貴分的な頼り甲斐を漂っていた。黒のジャケットは人1人分の重さがあるようにも思えるくらい、その男からは、男達とは別の……いや、上位の存在であると認識させてくる。
「そのナメた口はペテン師の唇を移植手術したのか?って疑いたくなるくらいムカつかせてくるな。」
「なるほどね。ナメた口か。先ほどまで口先だけの君に言われると妙な説得力があるよ。」
「オーケー、とりあえずテメェは腕の1本くらいは無くさせてやる。」
「そんなセリフ、おれの個人間常識を知らないから言えるんだろうね。哀れ。実に憐れさ。君。」
「いや、知ってるさ?低レベルの物ってコトをな。」
「よく言えるよね、そういうセリフ。俺の『可化過加虐』のランクが第一級であるってのに……」
どうやら燻利箭 黒威のいう『可化過加虐』が男の個人間常識の呼び名のようだ。
「おれの『可化過加虐』は人体を際限なく脆くすることができる。例を挙げるとすると……そうだな。こんなのはどうだ?」
燻利箭 黒威は思わせぶりにパチンと指を鳴らす。それに応じるように獄洞 蠱飢間は体中に駆け巡る痛みが加速するのを感じる。
「……これはっ!!」
「『可化過加虐』の効果だ。これで身にしみて理解できたろう?」
「男達に撲られた箇所に傷ができ始めて……ゴホッ……」
口から吐き出されたもの……
見るとそれは血であった。
傷にもならない暴力が今更に体の内部まで傷を作り、我慢できないほどの血液を喀血してしまう。
「さて………そろそろ授業時間も終了間際だ。マトメに入りたいんだが………」
燻利箭 黒威は勢いよく息を吸う。
「覚悟はいいかな?」
それはその男なりの礼儀であった。他人の時間を終わらせる。それが重大なものと認識しているからこそ。
「覚悟……?覚悟、ねぇ……」
「できねえし、いらねえ。まだ勝てるのは俺だ。」
獄洞 蠱飢間の一言。
もしかしたらこちらが本物の殺戮の嚆矢濫觴となったのかもしれない。
「みせてやるよ、俺の個人間常識……
死束刻限を。」
実は今日は……この話だけで終わりです。
もし見てくださってる方がいるなら本当に申し訳ないんですが、1話執筆するのが限界で……(なんならこの話も書き終わってすぐ投稿してます)本当はこの戦闘終わらせて次の戦闘移る予定だったんですけど……ははは(乾いた笑い)
だから来週の水曜日5時台にまた出すねー!って言うつもりなのですが、最悪遅れます。というか多分間に合わないので期待して見ていらっしゃる方がいるなら、たまーに進捗状況どうかな?って覗きに来るくらいがいいと思います。
では、こんな私に付き合って下さる方がいるのならば、またいつか!(来週までに頑張ります)