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  人の気配すら隠伏できない無意味に深い暮夜は続き、獄洞(ごくどう) 蠱飢間(こうま)勿忘 果無(わすれな かな)は|修羅の巷と化した路地裏から立ち去る。表通りには路上駐車された黒塗りの高級車とその傍近で彼らを待ちあぐむ中背中肉の少年だけがつつ闇に違和感を催していた。

  その少年からはそこはかとなく"裏"の匂いを漂わせる。社会に反するという定見から出でる残忍な生き様を飾られた少年は、古き時代の狩人や最新鋭の兵器のように殺戮性能が秘められているということが、この都市の暗部に(くみ)する者ならば一目で見抜けるだろう。



  関わってはいけない。



  それが生きるための最善解と骨身が(たけ)る感覚に陥る。

  そんな悪魔とも似つかましい面影を纏う少年は、路地裏から出てくる2つの人影に気づくと



「あっ!獄洞さん、ちいぇーすっ!車の準備できてますよぉー。」

「……龕龠(がんやく)。上役の前なんだからお前はもう少し平静にしてらんねぇのか?」

「えふぇっ!?自分そんな謂れのない指摘貰っても困るっすけど……」

「──…せめて自覚くらいはしろ。」



  友達感覚で話しかける。

  龕龠と呼ばれた少年が漂わせていた殺戮性能などというものは、夜の闇に紛れて消えて失せていた。恐らくは、このように軽薄な様も龕龠の有り様なのだろう。

  龕龠は勿忘 果無の顔を見ると目線を合わせて覚束ないそら笑いを見せて、黒色に塗装された車の後部座席のドアを開き2人が乗り込むよう促す。



「っとっと、忘れるところだったあっぶね〜。さっき銃声バーンって聞こえたんで死体出てますよね。『死骸新宗』に連絡しておきましょーか?」

「いや、いい。期待に()えないようで申し訳ないが、死人はなんと0だからな。それに、死体蒐集(しゅうしゅう)してる気味わりぃ組織なんてもんは信用できねぇしな。招霊木(おがたまのき)に連絡して回収させておけ。」

「あっれ?んじゃ、獄洞さん銃使ってたんすか?」

「んなもん携帯するかよ。たかだか、どっかから流れついちまった拳銃なんてもんにやられるほど、やわな体にできてねぇし。俺の主義としては、殺される危険がねぇなら殺し返さないんだよ。」



  いや、十分殺される危険あるだろ、という本音を全力で呑み込んで、了解っすという返事の合図を振り絞った。龕龠は、2人が席に着くのを確認為終(しお)えた後、運転席に腰掛けて緩慢な動作でアクセルを踏み込む。



  獄洞は自身と勿忘 果無のシートベルトを締めてから、車内の窓ガラスから(のぞ)かせる人口美の夜景を物思いにふけるように見つめる。耽美主義とは無縁な獄洞 蠱飢間だが、この景色は肉感的な淫靡(いんび)や実利と私情を織り交ぜた欲望などから自然的に出来ただけで、美景を作ろうと1から10まで徹底的に作成されたものでない以上認識できてないだけで綺麗とは言い難い場所もあるだろうと図らずもを受け取ってしまう。完璧に美しいものが正しいとは言わないが汚れがある景色に対して、獄洞 蠱飢間はとても綺麗とは思えなかった。その思考はきっと、この都市に住まう個人間常識(ミュータント)使いを粗製濫造して技神に入る者だけを掻い摘んで研究し、余剰品(粗悪品)は棄て───



「獄洞さん獄洞さーん!夜景綺麗っすねー。って、うっおちょ〜、あの子とか超あだめかしいっていうか、ギリシャ風エ・ロ・スが……。おほおっほおっほっっほっーんっ!!」

「龕龠、お前の業務内容は積極的に駄弁れなんて児戯に類するようなことまで上司に頼まれてんのか?」

「うふぇうぇー、何キレちゃってんですか。だってさだってぇ!夜の街ってなんというかなんとなしになんとなくきれ……あっ、ガチギレですか。すいません、黙ります……」



  謎の雄叫び(?)をあげていた龕龠は、ルームミラー越しに写る獄洞 蠱飢間の面差しから何かを感じ取ったのか、後半部分は悄気返(しょげかえ)りながらも騎虎の勢いで言葉を並び立てた。

  獄洞 蠱飢間は龕龠の謝罪など意に介さず、シートバックポケットに挟まった書類を何枚か掴み取る。その書類には港湾都市勁毅沿(けいきえん)のとある路地裏にて勿忘 果無を無傷で保護、かつ、不定期で勿忘 果無を護衛することや報酬額や勿忘 果無の写真が添付されていた。

  だが、この書類には1つ決定的に足りないもの記入事項があった。



(──依頼者不明……か…。

  前払いの報酬額だけでも尋常じゃないほどつぎ込んでやがんのは、依頼者自身や勿忘 果無の真価に下手な詮索はしないようにする事項を暗に含めてやがるって所だろうが……。分からねぇな、なんだって俺の組織は選んだ?俺の組織──『血旋(けっせん)終日(ひねもす)』は少数精鋭……いわんや、実質的な直接戦闘要員は俺くらいな組織だ…。本当に勿忘 果無を守らせたいんなら、これだけの金で傭兵でも雇うのが通だと思うんだがな…。)



  獄洞は勿忘 果無を値踏みするように一瞥する。



「にしても、似合ってねえよな、こんな少女が保護対象になるなんて。結構な大金はたいて護衛を頼まれたんだから、壮絶な不幸しょっぴいてる可哀想なヤツなんだろうなって思ってたが、それがこんな空空寂寂(くうくうじゃくじゃく)な、お人柄ときた。いや、そういう経験をしてきたから、そうやって他人の言動に興味をなくしちまってんのか?」



  獄洞は少女に何を思ったか、無意味な詮索と無理解な憶測と無頓着の質問を進める。

  勿忘 果無は少年に何を思ったか、じっと獄洞 蠱飢間を見つめる。他人に興味がない、なんてことはない。興味はあるがそれが顔に出すことを躊躇う節がある。近すぎず遠くもない。侵されず侵さない。他人に迷惑をかけないと言えば聞こえはいいが、互いの琴線に触れない絶妙で、無関係に見えやすく至りやすい関係であるという方が言い得て妙だろう。電車で隣に座ったとしても会話しないように、あるいは、合理的実利的な思考で人の立ち位置(しごと)が機械に変わって会話の機会が寂滅(じゃくめつ)してしまうように。そんな触れれば消えてしまう儚さを包括してしまう関係を形成しようとする。少女は、その関係をどこか否定したかったのかもしれない。明確な趣意は結局のところ曖昧模糊だが、勿忘 果無は獄洞 蠱飢間の肌に触れようとする。



  ゴッと空気が置いてかれる音がした。

  真っ黒な夜を縫う光芒が少女のこめかみを駆けた幻想が満ちた。

  パリンッとひがんだ円型のヒビを繕うガラス片の一部が宙に散乱した。



「何勘違いしてんだ?俺は勿忘 果無から危機を取り払う任を預かってるが、その仕事のうちで俺自身の命を脅かされるんなら、勿忘 果無って人物はゴミ捨て場に豪快に放り投げたっていい路傍の石程度の価値なんだよ。」

「………?」

「……まるで俺が言ってることが理解できてないってのを嫌ってほど察せられる顔をしてやがんな、もう少し簡単に言うとな。

 この都市に()いて、全ての人間は等しく個人間常識(ミュータント)使いである可能性を内包している。勿忘 果無という人物は幼女の容姿をして、この俺、獄洞 蠱飢間という『血旋の終日』という組織の長を暗殺できる可能性や、してくる可能性を切り捨て不可能なレベルで持ってやがんだ。そんなんと仲睦まじくキャッキャウフフと手遊びに付き合えんのか?できねぇんだよな、残念なくらい当然ながら。だから下手に触るんじゃねぇって言いたいんだ、さすがに分かるよな?分かんないにしても最後の言葉だけは、脳に直書きしてでも覚えろ。」



  結局、勿忘 果無は獄洞が最後に声高に伝えた要旨すら理解できなかった。それは勿忘 果無は11歳の少女だから……というより眠気がゆえである。そんなことは露知らず、先程までの威圧感とは一変、獄洞は車内にバラバラに落ちた書類を暗中模索に拾っていた。



「龕龠。車内に落ちてるガラス片掃除しておいてくれ。」

「あっははー、でーすーよーね…。

 あっでもね、この車、なんとっ!実はっ!盗難車なんで別にチャチャッのちゃっちゃっと掃除なんかせず元の場所に置いてけばいいんですよっ!くぅー、一切の合切の隙なしのカンッペキなプランですよぉこれっ!」

「そういうのって防犯カメラ……は何とかできるが、指紋なんかで足取り掴まれるのがオチなんじゃねぇか。」

「………。どっかでこの車爆発させるかぁ…。」



  獄洞の二転三転の豹変ぶりに怖気ついてなんとしてでも鳴りを潜めようとしていた龕龠は、突然車内掃除を頼まれ、楽な道筋探しの結果、車両爆破で綺麗サッパリにしよう!なんて支離滅裂な計画を練っていた。

  と、そこで龕龠はとある事実に気づいた。



「あっ、あの窓ガラスさんがパッリーンって割れた音って獄洞さんが個人間常識使ったっからすっか?ひゃしー、見てみたかったなぁ獄洞さんのカッコヨ個人間常識っ!」

「お前って意外と抜けてるよな…。っと、やっと着いたか、車通いでも案外遠く感じるもんだなアジトまでの道のりは。」



  キキィッと、小気味よいブレーキ音が虚空に木霊(こだま)する。獄洞達を乗せた車が停止した目前には、夜空を(かげ)らせる小ぢんまりなビルが佇んでいた。

  このビルこそが幾つも点在している『血旋の終日』の住処の1つである。すなわち、今日から勿忘 果無と共同生活していく場の1つとも言える。



  獄洞はさっさと車から降りた(龕龠は車を移動させるため、さしあたり別行動となった)が、なかなかに勿忘 果無は降りてこない。

  獄洞は勿忘 果無が子供らしくシートベルトを外すのに手こずっていると思って、車内を覗き込むと、予想のうえをいく子供らしさに若干驚いてしまった。



「………寝てやがる…。隣にお前を殺してもいいんだぞ?って言ったヤツがいるってんのに、のうのうと………。」



  獄洞は勿忘 果無の不用心っぷりに二の句を継げなくなってしまう。

  ひとまず、勿忘 果無を抱っこ状態で車内から出した獄洞は、ふと先ほどから獄洞の所作が笑壺に入ったのかクスクスと失笑している龕龠に話し掛ける。



「とりあえず笑うのやめろ、あと花瞼(かけん)は今いるか?」

「ブフッ、ふふふう、うあ、あー、花瞼さんっすか?確か傷を直せる個人間常識(ミュータント)の人ですよね?んーっすと、キョーは非番のはずっすよー、何か用でもあったんすか?」

「なんでもねえよ。救急セットの場所が知りたいだけだ。ちょっと擦り傷ができてな。」

「あらまぁー、さっきのドキドキ路地裏幼女捕獲作戦〜ロリの(ハート)を射抜いちゃうゾ♡♡〜の時のキズですよね?どっかにあったと思うんですけど……まぁ適当に棚開きまくれば見つかりますさーますさ〜!」



  ツッコミ待ちの龕龠をよそに、そうか、と獄洞は惚けた返事をしてビルに向かう。

  本当のところ、獄洞は路地裏の件で怪我など微塵もしていない。だが、獄洞は昏昏(こんこん)と眠る勿忘 果無をベッドの上に懇切丁寧に置いた後に、ビルの個室の棚を片っ端から開放していた、何かを探すために。その行動に深い理由はないし、いらない。意味や意義や価値を求めた行為だが、わざわざそんなもの説くまでもない。



  獄洞が探していたのは救急セットだった。獄洞は差し出がましく熱心な探索の末、やっと見つけた救急セットを用いて勿忘 果無を手当する。

  それは保護対象者の怪我を放置した場合、依頼者の機嫌を損ねてしまう可能性があるから行っているだけだった。そういう意図もある行為だった。



 獄洞は少女が起こさないよう配慮しながら、慣れない手つきで勿忘 果無の傷口を消毒していた。そのようなことをしている間に、そろそろ龕龠が獄洞 蠱飢間と合流する刻限になったのだった。

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