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あなたのあなたに  作者: 花鳥風月
六道輪廻
8/18

同じ匂いのする人

 ガラガラと玄関を開ける音が乱と天外のいる居間に届いた。続けて「誰かおらぬか」というやや声量の大きめな女性の声。

 天外は乱と目を合わせるとしぶしぶ腰を上げた。

 玄関には着物に身を包んだ女性が何か物言いたげな様子で立っていた。女性は肩につくくらいの髪で、丸眼鏡を掛け、可愛らしいお(ねえ)さんといった感じに見える。

「おや、天外ではないかえ?町中に、しかもこんな昼間に出かけるのか?珍しいのう。ようやく自分の縁者を探す気になったのならわしも手伝ってやっても構わんぞ」

 女性は見た目とは違って、時代を感じさせる話し方をするようだ。

「お前が呼んだからこうして出て来たんだろうが!用事があるのかないのか、ないならさっさと帰ってくれないか」

 天外はしっしっと、追い払う仕草をして見せる。

「用があるからこうしてきたんじゃろうが!近くで一騒ぎがあったからの、その()()の帰りじゃ。そのついでにこうして客人に挨拶に来たところじゃて。さてさて、客人の元に案内しておくれ。……ぬ?人のもてなし方も知らんのか。これだから今の(若いもん)は困る。ほら、どいたどいた」

 家に上がるなり廊下を居間に向かって歩き出した明衣の背後で、天外は深いため息をついた。

「そっちじゃない、カリンなら咨結と二階にいるよ」

 そう言うと天外はそそくさとその乱のいる居間へと入って行った。

 女性は丸眼鏡を掛け直すと、呆れ気味に深く息を吐いた。

「紹介もしてやらんといなくなるとは失礼な奴じゃのう」

 

 ◇

 

「お主がカリン殿じゃな?」

 そう云って、カリンの部屋に突然一人の女性が訪れて来た。カリンは八の字眉を顔に浮かべ、彼女の姿を観察する。

「あなたさんを取って食おうなどとは思っとらんから、緊張せんでいい。のう、咨結」

 明衣に頭を撫でられ嬉しそうな顔を浮かべる咨結。明衣は咨結ともすでに旧知の仲のようだ。

 明衣はずいと部屋に入るとカリンの目の前に座り、畳に指を突き深く頭を垂れた。明衣の行動に戸惑うカリン。

「わしの名は明衣(あかは)。カリン殿の話は巽から聞いておる。ずっとカリン殿には一度挨拶しておきたいと思っておったんじゃ。巽からカリン殿が現れたと聞いて、いてもたってもいらなくてのう。それというのもカリン殿のじい様、現世名は何じゃったかな…(はじめ)じゃったか、タイへ世話になった」

 カリンは(はじめ)と聞いて困惑した。一と言う名前など耳にしたことがなかったからだ。そうでなくても父方の祖父も、母方の祖父も早くに亡くなっていたため、カリンも祖父たちの名前を耳にしたことなどなかったのだった。もし祖父や曾祖父だっとしても、見聞きしたことのない人物の代わりに感謝されても困るというもの。

「知らんか。うんうん、知らんのも当然じゃ。わしも幾代前のことじゃったか覚えておらんけぇの。一体わしがここ来てからどのくらい経ったのかも当に忘れたわ」

 そう言い、明衣(あかは)は一人笑った。

「それでカリン殿は何やら自分の縁者を探しているとな?それに関して何か思い当たることはないのかえ?例えば誰かに恨みを持たれておる、もしくは未練を持たれおる。反対に誰かを恨んだり未練を持っていたりしておらんかえ?」

 明衣のまくしたてるようなセリフの中に意味深な言葉がさらりと混じり、思わずどきりとするカリン。

 こんな人間、誰かに恨まれるほど今まで目立ってきた生き方をしてただろうかと、カリンは思った。

「わしにできることがあるなら遠慮せず何でも言うてくれて構わん。そういえば木板はもらったか?あれを持っていれば切紙様に見つかることもなかろうて、どこへ行っても心配はいらん」

 明衣はようやく口を休めた。そして目をきょとんとさせたかと思うと、突然大きな口を開けてカラカラと笑いだした。

()()()()()()()()()()?怖いなら無理に話さんでもいいけぇの」

 明衣の言葉に思わず反応するカリン。

「ふむ。その着物を着ておるという事はもう仙夾には会うておるな?」

 カリンの異変に気付きつつも突然話題を変える明衣(あかは)。さきほどまでより一層口を堅く結び、じっと明衣を見据えるカリン。咨結は心配そうに二人の顔を交互に見ている。

「ならば、あやつはのんびりやで物忘れをするやつというのは知っておるな?じゃけぇ、手先だけは人一倍秀でておってのう、仕立や細工に関しては何を任せても迅速丁寧。それはそれは人が羨む能力だと思わんか?じゃけぇ、そんな能力があっても実際仙夾は、そういい人生には恵まれんかった」

 確かに明衣の言う通り、既製品と違わぬほどの技術の高さが見てとれた。素人目で判定はおこがましいところだが、手作業とは思えない程の丁寧さはパッと見てもわかる。この才能があれば仕事にも困らず、豊かな人生を送れただろう。なのに、なぜ。

 明衣がふむ、とカリンを確認するように頷くと話を続けた。

「というのも、その能力というのは過去世から繋がっておるが、やっかいなことに過去世から繋がっておるのは能力だけではなくてのう。()()()()()も過去世から繋がっておってなぁ。じゃから、いくら能力に長けておってものんびりで物忘れがちの仙夾は、社会から締め出され一世を終えたのじゃ。それ以来あやつは現世へ戻ることを恐れておる。わしも含め、この修羅界はそういった者たちがほとんどじゃ。じゃけぇ、カリン殿もここでは何も恐れる必要はないけぇの、気楽に構えなされ」

 どんな言葉を投げられるのかと、ずっと心の準備をしていた。心を鉄の扉のように堅くして、何を言われても平気なように。傷がつかないように。

 ところが明衣の言葉はカリンの予想と反し、怯えていたカリンの心にふわりと着地する。気が抜け、堅く結んでいた口元も自然と(ほど)ける。

「人は過去生での行為によって現世の境遇が決まり、現世での行為によって来世の境遇が決まる因果応報じゃ。因果応報からは逃れようにも逃れられん。例え死んでものう……。『善因善果(ぜんいんぜんか) 悪因悪果(あくいんあっか)』という言葉は知っておるか?」

 ようやく明衣を受け入れることにしたのか、カリンは小さく首を振った。

「報いを受けるのは悪い事ばかりではなく、良い事もあるという意味じゃ」

 明衣は髪を耳にかけ、丸眼鏡を掛け直す。

「それと似て因縁と言う言葉があるが、良縁という言葉もあれば悪縁という言葉もあるじゃろう?良縁も悪縁もすべて因縁のうち。わしが何が言いたいかというと、あなたさんが会おうとしている縁の深い者はあなたさんにとって良い縁の者かもしれんし、悪い縁の者かもしれんということじゃ」

 明衣の言葉にはっとする。あまり深く考えずにここに残ると言ってしまったが、確かに自分が探している人物が自分にとっていい因縁のある人物とは限らない、と初めて理解したカリン。改めてそう考えると、急に会うのが怖気づく。

「時に、一人で居るのは好きかえ?」

 再び、飛ぶ話題。いきなりどうしてそんな質問を?と、カリンは顔に八の字眉を乗せ、小さく頷く。

 カリンが頷くのを見て明衣はクスリと笑った。

「そうか、()()()()()()()()()かと思っておったが、誰かにすがりたいと願う心が声に現れておるのう。本心は一人で居るのは慣れておっても、《・》()()()()()()()()()()()()()()じゃろう?」


”———どうして———”


「因果応報から逃れられんが、もう一つ、我々にはどうしても逃れられんものがある」

 明衣はカリンの瞳に”緋”が灯ったのが見えた。どうやらこの話題に興味があるのだとわかると、したりと口端をあげる。

「四苦八苦という言葉は訊いたことがあるじゃろう?現世では苦労したり苦しい時の比喩に使われておるらしいが、本当の意味は別にある」

 四苦八苦とは親や場所時間など自由に選べない生まれることの苦しみ、必ず老いていかなければいけない苦しみ、いつか病になる苦しみ、必ず訪れる死という苦しみ、親・兄弟・妻子など愛する者と別離する苦しみ、気の合わない人物と出会ってしまう苦しみ、求める物が思うように得られない苦しみ、そして、思うがままにならない苦しみの八つを合わせた苦しみを四苦八苦なのだという。

「その四苦八苦は誰に訪れるもの、当然の事なんじゃよ。つまり人生が辛いのは当然という事じゃ。———さて、あなたさんは自分の縁者を探すためにここに留まると決めたそうじゃが……本当は自分の縁者などどうでもええんじゃないかえ?」

 明衣の率直な問いに、膝の上に置いたカリンの手がピクリと動いた。

「お前さんは本当に嘘が下手じゃのう」

 明衣は口元に手を当ててカラカラ、と笑う。

 カリンは、なぜという思いでいっぱいになる。同時に自分の胸の内を見透かされたようで頭と頬が熱を帯びる。

「こんな修羅界に留まるというけったいなことを言うから、もしやとは思っていたが。いや、面白い娘さんじゃ」

 明衣はまた大きな声で笑った。カリンの目は泳ぎ、自然と手に力が入る。だが、明衣の次の言葉にカリンは顔を上げる。

「心配するな、わしから巽に言うような事はせん。わしもそうじゃったから、おまえさんの気持ちはようわかる。ここで満足するまで居ればいい。現世へ戻って、それでも心が変わらぬのなら自分の選択する道を選べばいい」

 自分の選択する道とは、つまり自ら命を絶つという意味だろう。明衣の言葉に皮肉といった意味は一切含まれておらず、純粋にカリンの気持ちを尊重していた。

「現世を生きることは辛いことばかりじゃ、じゃけぇ一度、()()()()を一度違う方向へ向けてみてはどうか」

 すでに人生を、少なくとも一回は(まっと)うしている明衣のその言葉には、とても重みが感じられた。

 現世を生きることは辛いこと。それは、人生を生き抜いて色々な苦労を経験していないとわかり得ないことだ。

 無理だと思ったら命を断てばいい、と励ます人がどこにいようか。予想外な、それでいて今まで独り踏ん張っていた自分に、カリンはなんと肩の力を抜いてくれる言葉だろうかと思った。

「言ったじゃろう、生きることは四苦八苦ばかりで辛いのは当然じゃと。ならば、その辛い事一つ一つに反応していてはきりがないし、ただの時間の無駄じゃと思わんか?何があったかおまえさんに聞くような野暮な事はせんよ。ただ、聞いて欲しいというのなら別……」

 明衣はそこまで言いかけた時、誰かが階段を上って来る音が聞こえて来た。ギシギシ……と軋む音。一瞬明衣から目を離して再び彼女に戻すと、どこから取り出したのかいつの間にか明衣の手には錫杖が握られており、カリンを背にするように部屋の入口に立ちはだかった。

 足音は一人……。二人……。階段を登り切った足音がこちらに近づいてくる。

「誰じゃ!」

 明衣は左手を伸ばしてカリンを制する。カリンは明衣の突然の変貌に、何事かと足がすくみそうになっていた。

「こちらに下がって!魂が(けが)れますけぇ!」」

 相手がカリンの部屋に足を踏み入れた瞬間、明衣は握っていた錫杖を相手の喉元につきつけた。

 しん、と一瞬その場が鎮まる。

「おいおい、穢れるって何だよ……。俺の家なんだから、俺に決まってんだろ」

 廊下から顔を出したのは乱と天外だった。乱は部屋に入って早々、呆れ気味な顔を明衣に向けた。

「巽と天外!?」

「何やらずいぶんと楽しそうな話を長々としてたなぁ。俺もまぜてくれよ」

「巽のお(もり)など死んでも断るわ。お主のお(もり)は天外が居れば十分じゃろうて」

「おいおい、死んでもってなんだよ」

 乱は頭をかりかりと掻いた。

「乱のお守ってなんだよ!いつも面倒ばかり起こして乱に後始末してもらってるくせに」

 天外も負けじと乱の加勢をする。

「ふん、カリン殿に挨拶は済んだ故、今ちょうど帰ろうとしていたところじゃ」

 乱は部屋から出て行こうと足を踏み出した。その時、乱は明衣の錫杖をさっと掴むと、急に真剣な表情で明衣に顔を近づけ声をひそめた。

「むやみにその錫杖を取り出すな。この前、単独で動いたせいで妄執を取り逃がしたと聞いたぞ。他の関係ない魂が道連れにされでもしたらどうする?他の者と手を組んで()()を果たせ。私情だけで動くなら妄執と変わらない」

 明衣は、ふん、と鼻をならすとそのまま階段を降りて行き帰って行った。

「明衣は一見気さくそうな奴に見えるが、信用できないと思った奴はとことん嫌いなんだよ。それに興奮しすぎると事切れたように眠ってしまうんだ。天外がここに来た時、明衣に紹介したら酷く……その……」

 乱は明衣の背中を見送りながら溜息をついて笑いながらそう説明したが、語尾の方は気が進まないのか言葉が途切れ途切れになった。

 言葉を濁した乱に代わって天外が引き継ぐ。

「明衣は俺に相当な嫌悪感を感じたらしい。俺と初めて会った途端に倒れた」

「まあ、そういうことだ。何を話してたのか知らないが、お前はあいつに気に入られたみたいだな」

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