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あなたのあなたに  作者: 花鳥風月
六道輪廻
3/18

修羅界②

タイトルのセンスないです。文章の表現力もありません。わかりにくい表現がありましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。


社会になじめない人たちがテーマにした、仏教の教えを織り交ぜた心を癒す和風文学ファンタジー。

 咨結(しゆう)はななおに言われた通り、カリンを連れて乱の元へと向かっていた。

 さっきの道中もそうだったが、咨結は一言も話さず終始無言のままだった。

そのため二人の空間は常に沈黙に包まれていた。

 沈黙のまま町の中心とも思える大通りを進んで行くと、一軒のやや大きな屋敷が見えてきた。他の屋敷と比べてとりわけ特徴があるわけでもないごく普通の屋敷。

 その屋敷の外門には先ほど別れた乱の姿がすでにあった。腕組みをして外壁に寄り掛かり、二人が来るのを待っていた。カリンに向けてなのか咨結に向けてなのか、いたずらっ子のような顔を見せながら。

「ご苦労さん。今こいつがここにいるってことは、ひな菊は身請けを断ったってことだな」

 咨結は黙ってこくりと頷いてみせた。

 

 ◇

 

 こちらもひな菊のところの庭園にも引けを取らない庭があり、色とりどりの紫陽花がたくさん咲いていた。

 家に上がると、三人は玄関から一番奥の居間に腰を落ち着けた。ここから庭が一望でき、さきほどの紫陽花も十分見渡せた。

 居間にはすでに一人——切れ長の目の男——天外がいたが、色白の白木蓮の姿はなかった。

 乱はカリンと向き合う形で座ると自己紹介を始めた。

「俺はこの家の家主で乱、(たつみ)乱だ。こっちは天外で、お前の隣に居るのは咨結。咨結は訳あって話さないが……その理由は聞かないでやってくれ」

 咨結は紹介されて照れくさそうに少しもじもじしていた。

「で?ななおとひな菊からある程度の話は聞いただろ?」

 カリンは握った手を膝の上に置いて、畳をじっと見つめる。乱の言葉に焦っている様子も、言葉を一言も発しない。

「あん?なんで答えねぇ?」

「天外。やめろ」

脇から天外が口を挟むも、乱がすぐにぴしゃりと注意した。

「ひな菊とななおの二人から、ここが死後の世界の修羅界というところで、自分にとって因縁のある人を探せば現世へ戻れるということは聞いたんじゃないか?ここが死後の世界なんて聞いて驚いたろう?人は死んで終わりじゃなく、この通り。死んだからと言って終わりじゃないんだ」

 乱に話を投げられているカリンを、天外は冷めた目つきで見つめていた。みすぼらしいほどどんくさく、静かな息遣い、そして消えそうな存在と思いながら。

(どうして話さない?話せるのにどうして話さない?)

「だが、お前は死んだというわけではなく、二人の言う通り何か原因があってここにいるんだろう。とはいえ、その因縁のある魂を探さなくても、現世へ戻ることができる方法がなくもない。ここでの出来事はきれいさっぱり忘れて、今まで生きていた現世へ戻ることができる方法があるんだ。元の世界へ戻りたければこのまま現世に戻———」

「も、戻らな……い!」

 まだ話し終わらないうちに、カリンは言葉を絞りだすように震えて上ずった、か細い声で乱の会話を遮った。

 それまで沈黙し、物静かな雰囲気をしたカリンからは想像もつかない行動に、乱と天外は驚き息を飲んだ。

 咨結は張り詰めたカリンの心情を察してか、カリンの背を優しく撫でてやった。

 カリンの表情は強張っているものの、何か決心したような強い意志があるのを乱は感じ取った。と、同時に目の奥に寂しさが溢れているのも感じていた。

「そうか……」

 乱はどこかほっとしたような、悲しいような複雑な気持が入り混じった顔をした。

「じゃあ……一つ聞くが、もし、仮定だ。もし、俺がお前の探してる奴を知ってると言ったらどうする?」

 カリンの、何か覚悟を決めたはずの表情が一瞬歪んだ。

 乱はカリンの心境に気付くと、自分の言葉に慌てて補足する。

「おいおい、勘違いするな、早く現世に戻れと言ってるんじゃないんだ。ただ……」

 そこまで言いかけて言うのをやめた。カリンが自分の因縁の人物と会えば、大きく傷つくことになるかもしれないという思いからだった。だが、自分がそれを決めつけるべきではないと思い直し、口をつぐんだ。

 乱は静かに立ち上がると、部屋の隅にある長く大きな物に歩み寄る。それは布がかけられており、とても大事な物のようだった。

 その布をゆっくり取ると大変立派な箏が姿を現した。

「俺たちは席を外そう」

 その様子を見ていた天外は咨結と一緒に部屋を出た。


 

 乱は居住まいを正し、箏を弾く姿勢になると、ポロンポロンと、滑らかな手つきで曲を弾き始めた。

 とても心地よい綺麗な旋律で、カリンは自分の心が乱の弾く曲に共鳴していくかのような気分になった。それまで乱に持っていた拒絶感、不信感、嫌悪感、そういったものが水に流されれて行くような気分だった。自然と涙が溢れて来る。

 そしてなにより、自分の心を和ませようという乱の気遣いにカリンもまたそれを察し、乱のその優しさがとても嬉しいと思った。


 しばらく弾いていた乱は、突然ぴたりと箏を弾いていた手を止めた。カリンも乱のその様子に我に返り、頬を伝っていた涙を急いで拭き取る。

 乱は人差し指を口の前に持って行くと、庭の方を向き、腰を深く落とし、左足をゆっくりと円を描くように後ろへ引いた。

 カリンは不安と緊張に包まれながら、息を潜めて乱の様子を見守る。

 数秒ほど静寂に包まれると、乱が突然動いた。障子越しに一瞬見えた()()は、大人の背丈ほどの人影だった。

 乱は大きく跳ね上がると、障子越しにそれを素早く蹴りあげた。

「人の家を壊していくんじゃねえ!!」

 その人影は障子と共に大きく庭の奥へと飛んで行った。

「大丈夫か?!」

 ばたばたと天外と咨結が乱の元に駆け付けてきた。

 咨結は目を見開いたままのカリンの隣に添うように座ると、乱と天外は裸足のまま庭へ出ると今の人影を追って行った。

「もう見つかったっていうのか……?」

 乱は地面に落ちている何かを拾い上げた。それは人の形をした小さい紙切れだった。

 人形の紙切れを持った乱に天外は険しい顔を向けた。

「いや、偶然だろう」

 乱はそう言い捨てると、紙を小さくちぎってその場に捨てた。そして縁側から、不審でいっぱいの視線を乱や天外に突き刺すようにしてこちらを見ているカリンの元へと戻って行った。

 そして居間の隅に置いてある引き出しから何かを取り出すと、カリンの隣に腰を下ろす。だが、さっきようやく心が開きかけたと思ったカリンだったが、野生動物が警戒するのと同じように、彼女は後ずさりし不審に満ちた眼差しを乱に向けていた。

「驚かせて悪かったな。さっきのあれは切紙様と言って、この修羅界を統治している修羅神の偵察だ」

 乱は引き出しから取り出したもの、片手で握れるほどの小さな木版をカリンに差し出した。だがカリンは受け取ろうとしない。

 代わりに咨結が受け取り、それをカリンに渡す。すると、カリンは戸惑いながらもその木版を受け取った。

 裏表ひっくり返してみるが、何か書かれているわけでもない、ただの長方形の木の板にしか見えない。

「時々、修羅界の住人じゃない者たちが迷い込んで来たりするんだが、さっきの人影はそれらがいないか偵察に現れるんだ。当然お前もここの住人じゃないわけだが、あの切紙様がここへ来たのは偶然だ。それを持っていれば心配する必要はない」

 カリンは再び木版を裏も表もじっくり確認してみる。やはりただの木の板だ。

「ここの住人はみんな持っている、自分の名札のようなものだ。何も書かれていないが、今まで自分が出会って来た因縁のある縁者たちの名前が刻まれている。これを持っていればお前はここの住人とみなされるから問題ない。絶対失くさず、いつも持っていろ。それから自分が現世から来たことは誰にも言うな。ここの住人の奴らに知られてはならない。わかったな?」

 果たして意味が分かっているのかどうなのか、そんな感情を持ったまま天外は流し目で、眉を八の字にしたままただ頷くだけのカリンを見つめた。

「必ずお前の探している奴を見つけるから、心配しなくていい。そしてお前を無事に現世へ戻すと約束しよう」

 そう言って近寄って乱は近寄って来た。だがあまりの突然のことに、カリンは体が固まって動けない。

 

”———恐い。体が動かない———”

 

 乱は自分を訝しんだ表情のままのカリンの左頬を包むように、右手をそっと添えた。

「———だから笑ってほしい」

 そう言うと、さきほどまで真面目な顔をしていた乱は頬を緩ませ、親指と人差し指でカリンの口端を持ち上げてカリンの笑顔を作った。


———自分は周りと違う。自分は普通じゃない

 いつも自分だけが取り残されている感覚。

 人と距離を置くようになり、周りの人に関心が湧かなくなる。当然周りからも関心を持たれることがなくなった。

 人と接することが減り、人に見せるような笑顔も持ち合わせていないし、笑顔の作り方すら忘れた。

 でも今、目の前の人がこんな自分を見てくれている。

 ずっと、今までずっと、消えてしまいたいと思っている自分を、気にかけてくれる人が、今前の前にいる———

 

 今まで生きることに冷めていたカリンの心が、ほわりと温かくなった。

 ただ、慣れないせいかこういう時に何を言ったら、どう反応したらいいのかわからず体が硬直し、乱の目をただただ見る事しかできずにいた。

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