第6部分
青空を狭く切り取り、細長いビルが林立する。強い配色の表看板が景観なんのそのと無数に掲げられ、街並みはまるで原色絵の具をぶち撒けたよう。
秋葉原電気街。巨人のサイズで外壁を占領する電脳美少女たちに睥睨され、通りはごまめのような人々でごった返していた。
かつてはマニアックな日陰のイメージが貼り付いていたが、観光地化が進んだ今ではそうでもなく、小奇麗な女性の集団や、カルチャーショックに当てられカメラを構える外国人なども多く混じる。華やかな隆盛を見せる街を、古式ゆかしい「アキバ系」の男、梶尾秀一は速足で歩いていた。
陽気のいい日だが、中央通りから込み入った路地に入ると暑気が一層濃くなった気がした。それは両脇のビルの壁で唸りを上げる室外機ゆえか、そこを行き交う同族たちの隠しきれない熱気ゆえか。彼らの出入りする場所はつきあたりでオレンジの看板を掲げる路面店。屋号は『トレカいちば』だ。
自動ドアを潜ると中は薄暗く、等間隔に並んだメッシュパネルの陰で生き物がのそりと動く気配がする。湿った雰囲気は両生類の巣のようだ。
フック穴付きのフィルムに納められたカードがパネルにびっしり並ぶ中、ほとんど条件反射のようにエンジェルヒルズのエリアに辿り着いた。ここの店主は「分かっている」ので、商品の陳列はキャラ別に、胸の階級の順でソートされた状態になっており、秀一は迷わず一番端へ向かった。
一番端というのはとりもなおさず最もヘビーなモノを持つみなみんのゾーンであり、そこから手持ちにない最新弾の絵柄である体操服姿のものをフックから引き抜く。そして店の最奥にあるカウンター、そこから伸びる虚ろな行列の最後尾に立ち、時折邪魔そうに通り抜ける客を身を捩って避けながら自らの番を待った。
カウンターの向こうにいるのは強面の店主。顎髭を生やしたマッチョ中年で、浅黒い肌で薄暗い店内に溶け込み、常に苦み走った顔で「ブツ」のやり取りをしている。その所作はハードボイルドの一言だ。
秀一は先程手にしたカードをカウンターへ置く。そして手持ちのビジネス鞄から携帯用カードバインダーをちらりと出した。
「見せてみな」
渋い声に従い、バインダーを手渡す。
「ふうむ、新商品が三枚か。状態もいい。だがレア度は……」
すべすべとした大きな手でそれを開き、ルーペでためつすがめつしながらぶつぶつと言う。
「この三枚プラス三百五十……いや三百でどうだ」
秀一が首を縦に振ると、店主はにやりと笑った。外からの淡い光に縁取られ、掘りを深めたその顔は何か凄絶なものがあった。
硬貨をカウンターに置いたのを合図に、店主は体に似合わぬ繊細な手つきでバインダーからフィルム入りのブツを取り出す。「スリーブは?」の言葉に、今度は横に首を振ると、そのままカウンターの下にしまった。
入れ替わりにみなみんをバインダーにしまい、少しだけこの粗末な場所で我慢してね、と心の中で話しかけながら去ろうとした時、店主は足元から筒状のものを取って差し出してきた。
「こいつはおまけだ。いい取引ができたからな。俺もこの商売は長いが、あんたみたいな上客は初めてだ」
つやつやの紙が、なんとなく小学生のチャンバラにちょうどよさそうなサイズにロールされ、ビニールにぎちっと包まれている。端に印字されているエンジェルヒルズのロゴ。恐らく販促ポスターだろう。さっきから前にいた客全員に配っていた。
礼を言って受け取り、鞄の口に刺した。
後ろの客にも「あんたみたいな上客は初めてだ」と言っているのを聞きながら人を縫って出口へ向かい、ドアを潜る。陽のもとに出るとどことなくからりとした暑さが体を包む。
おまけにもらったポスターのビニールを爪で破り、恥ずかしがるように丸まろうとする紙を、優しくしかし少しの強引さをもって開く。光沢が反射する太陽を端に逃がすと、現れたのは先程手にしたカードと同じ笑顔、そしてより大スケールで迫る双丘。口角に釣り針がかかる感触がするが、とはいえこれを往来で広げるのは品がない
古式ゆかしいアキバ系の男はこの街の模範であらねばならない、という誰一人期待していない自負を胸に、家でゆっくり観賞しようと再度丸めて鞄に刺し歩き出す。そして心の中で呟いた。
あの店主はやはり「分かっている」。