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閑話 アーチの記憶

 かつてアーチと呼ばれていた一人の男。

 その男の見るに堪えないほど無残な身体から血が流れ、地面に血だまりを作る。





 アーチという男は日雇い労働者である父と娼婦である母との間に生まれた。

 しかし両者の間に恋愛感情はなく、アーチにも愛情はなかった。望まれない誕生だった。


 物心ついたアーチにある記憶。

 アーチにとって父は絶対的な存在で、間借りした家の中では王のように振舞っていた。

 母とアーチを暴力で支配し、いつからか母は帰ってこなくなった。

 アーチにとって父は恐怖しかなかった。


 だがそんな父も一歩外に出ると変わった。

 家では王だった父は外では底辺の存在だった。

 誰にでも頭を下げ、媚を売り、物乞いをした。

 周りと比べると背も格段に低かった。

 アーチはそんな父を冷めた目で見る。

 まったくもって滑稽だった。


 アーチは一つ学んだ。

 世の中には支配する奴と支配される奴がいる。

 俺は支配する側になりたい。


 小さなアーチの中にある大きな野望だった。



 成長したアーチの記憶。

 


何も与えられなかったアーチだったが、生きる術は持っていた。

 体格に恵まれなかったアーチは強い者の傘に入ることで賢く生きる。

 その傘の下で暴力を奮い、自らの支配欲を満たした。

 奇しくもその姿がいつか見た父にそっくりであったのをアーチは気づかない。

 犯罪を犯してはそれを上に擦り付けて生きていたアーチだったが、長くは続かずやがて奴隷となった。


 奴隷になったアーチは幸運なことにある裕福な商家に買い取られた。

 奴隷にしては良い待遇で、飯も困らず、酷使もされなかった。

 そこにある同僚がいた。不幸にも奴隷になった哀れな男。

 二人はよく話をした。アーチにとっては初めての友ではあったが、甘い考えを持つ同僚を内心は見下してはいた。


 二人の関係に変化が訪れる。

 同僚である男は人となりを主人に気に入られ、よく働いてくれたのならば奴隷から解放し、その後我々のために仕事をしてくれないか?という旨の話があったというのだ。

 アーチは激しく嫉妬した。


 なぜこいつなんだ。俺の方がよっぽど優れているというのに!!


 嫉妬に狂ったアーチはある計画を思いつき、行動する。

 商家の金を盗み、それを同僚の持ち物の中に隠した。

 当然問題になり、アーチは素知らぬ顔でそれを発見し、同僚の信頼は失墜した。


 「ちょっといい話をするとこれだ。愚かな奴隷め」


 絶望する同僚を見て、喜びを隠せなかったアーチは二人きりになった時につい呟いてしまう。


 「ざまあみろ」


 それがきっかけとなり二人は激しい喧嘩をした。

 だがその最中、勢い余ってアーチは同僚を殺してしまう。

 事故だった。殺すつもりはなかった。

 起きてしまったことはしょうがないと、アーチは死体を隠した。

 幸運なことに同僚の突然の失踪は事件の発覚の為だと思われ、アーチは疑われなかった。それどころか、残ったアーチを信用する主人。

 アーチの心にどろりとした感情が生まれる。


 なんだ、簡単なことじゃないか。気に入らない奴は蹴落とせばいい。

 罠に嵌めれば弱い俺でも簡単に殺せる……。


 しかし、この生活も長くは続かなかった。

 隠した死体も見つかり、罪が明るみにでたアーチ。

 この国で買い手がつかない問題ありの奴隷が行き着く場所は一つ。

 そこでもアーチは同じ過ちを繰り返す。


 三度目の時、アーチの命運は遂に終わりを迎える。

 檻の中のアーチ。吹き飛ばされた檻に魔狼が迫る。檻は不幸にも衝撃により崩壊していた。

 アーチを襲う魔狼の顎。それがアーチが最後に見た光景だった。


 「たすけて……」


 それは誰に言ったのか。愛してくれなかった両親か、誰でもよかったのか、それとも信じてもいない神に対してか。


 人のやさしさも知らず、人に愛されることもなかった哀れな男は世界を呪いながら死んだ。

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