桜桃と鈴蘭.3
お母さんが姿勢を正す。話を聞く気になったみたい。
けど、太腿に乗ったままのぼくを見下ろす視線は糸鋸のようで、全身を切り刻んでくる。
怯んではいけない。
逃げるきっかけを与えたら永遠に目の前からいなくなってしまう。
「はよ話して」
「そんな急かさないでよ。まず言っておくけれど、四つの事件はぼくの妄想じゃない事は言っておくよ」
叔母から送られた捜査資料をスマホに表示させて見せる。
「事件は実際に起きた。動機だけはぼくが物語用に考えたんだよ」
「とんだ妄想癖やね」
「ぼくが話している中で『真犯人』は真犯人しか知り得ない事実を言っていた」
「それは何なん?」
「焦らないでよ。今から言うからさ」
太腿が動かないように頭に一層力を込める。
「まず春の事件で犯人はスコップを使った。それは事実なんだけれど実は違う名前を言ったんだ」
「違う名前って」
「ぼくのスコップの認識は砂場にあるものなんだよね」
「そんなの土を掘るものやから当たり前やない」
口には出さないが、表情で「何言っているの」と言っていた。
「でもスコップってすごく小さくない? 大人が片手で持てる程度の大きさしかないじゃん」
「スコップは長くて両手で使うもんや。雪かきとかで使っているの見た事……」
「気づいた? お母さんはそう認識しているけれど、ぼくはそれをシャベルと認識しているよ」
「確かに京都ではスコップをシャベル、シャベルの事をスコップって言うわ」
「次は犯行を生放送した秋の事件。これを演じていたのもお母さんだった」
「ウチは動画に興味あるとしか言わなかったはずやけど」
「よく覚えてるね。でも今はスマホと機材があれば結構簡単にできるんだ。まあ件の動画のアバターはかなり細かい動きができてたからそれなりにお金はかかってるはず。人気作家のお母さんなら問題ないよね」
「それだけでウチを犯人扱いするの?」
「あのアバター。ある仕草をしたの覚えてる?」
「そんな特徴的な仕草あったかしら」
「無意識に行った仕草。つまり癖だったんだ。今のお母さんみたいに小指を顎に当てる癖」
お母さんは無表情で顎に当てていた小指を下ろす。
「偶然や」
「次は冬、冬は最初驚いたよ。事件に巻き込まれたって言うんだもん。本当に心配したし、ぼくの推理が間違ったかと二重の意味で心臓が破裂しそうだった」
片手で心臓の辺りを掴む。
「でも、お母さんが嘘をついた事が分かってホッとしたよ。警察にいる叔母に頼んでみたら、誰も高橋包美の事を知らなかった。ホテルの従業員もホテル客もキャンパーも誰もお母さんを知らないんだって」
お母さんは口を真一文字に結ぶ。
「顔写真見せたら治療した医師が証言してくれたけど、おかしな事が判明したんだ。記載された名前は東雲泉奈」
ぼくは両手で挟み込んだお母さんの瞳を覗き込んで問いかける。
「なんで偽名を名乗ったの。本当は友達とスキー旅行なんて言ってないんだよね。犯行を行う為に一人で現場に行ったんだ」
「偽名を使う事がいけない事なの。一人で行ったのは、邪魔されずに一人の時間を過ごしたかったからや。小説が売れるようになったのは嬉しいけど、行く先々で話しかけられるのは、結構ストレス溜まるんや。それとも偽名を使うと罪になるんか?」
「そんなトゲトゲしないで。ぼくの心臓が穴だらけになっちゃうよ」
お母さんの口の動きは読唇術を覚えていなくても分かった。
「空けばいいのに」と。
「これで終わり? これだけじゃウチを捕まえる事はできへんで」




