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ぼくの桜桃を受け取って   作者: 七乃はふと
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唐菖蒲.6

 査錠に情報提供者がいる事を知った忠だったが、今まで通り査錠と組んで仕事をしていた。

 しかし二人に会話はなく、課長がそれとなく聞いても忠も査錠も何もないと言い張る。

 忠は表向きは仕事をしつつ、自分の理想を守るための方法を探し続けていた。

 査錠は沈丁花山の行方不明の案件は完全に興味を失ったようで毎日のように地下で紫煙を漂わせていた。

変わった事といえば、以前は口頭で説明させていた資料を自分で読むようになった事だ。

 忠はあの日以来、査錠から呼ばれる事がなくなり、捜査一課の一員として忙しい毎日を送る。

 同時にネットで検索した理想を守る方法の準備を、誰にも知られる事なく着々と進めていた。


 ある日朝礼が終わると課長に呼び出される。

「八剣。最近何かあったか」

「何かといいますと」

「以前は零輪のところへよく呼び出されていたのに、今はこっちの仕事ばかりしているじゃないか」

「先輩は何か言ってましたか?」

「いや。聞いてみたらのらりくらりと躱されたよ」

「実は今調べている事件をじっくり考えたいから一人になりたいと言われてまして」

 それらしい嘘をつく。

「あいつなら言いそうだな。私はてっきり喧嘩でもしたのかと思ったけれど」

「先輩と僕が? そんな事あり得ませんよ」

「確かに零輪が感情的になるところは想像できないわね」

「何かあったら相談させてもらいます」


 深夜、この日定時で帰った忠は周囲に人の気配がない事を確認して署内のトイレから外に出た。

 目的は鍵付きの棚に厳重に保管されている、小さな白いガラス瓶。

 スマホのライトで確認すると、中には白い粉が詰められていた。

 忠は指紋がつかないように手袋を嵌めた手で容器を取り出すと、持参した匙と容器を近くの机に置く。

 粉はある毒物殺人未遂事件の凶器である青酸カリだ。

 瓶の蓋を開け匙で粉をすくう。

 一粒も溢さないよう慎重に、六〇〇ミリグラムを、持ってきた容器に詰め替えていく。

 青酸カリの瓶を棚にしまおうとしたところで、部屋の扉の鍵が外から開かれた。

 慌てて瓶を持ったまま隠れる。

 見回りの警官が懐中電灯で室内を照らしていく。

 忠は息を殺し、中に入るな。棚に容器がないことに気づくなと心の中で繰り返す。

 警官は異常なしと判断したのか、出入り口から中を照らしただけで部屋を出て行った。

 廊下から聞こえる足音が遠ざかっていく。

 完全に聞こえなくなってから、忠は大きく息を吐いた。

 棚にガラス瓶を戻して鍵をかけると、誰にも見られることなく署を後にした。


 一つの事件が解決し、忠を含む捜査一課の人間は打ち上げに興じていた。

 夜八時。忠は早々に宴会場を抜け出すと、署内にいるはずの査錠のところへ向かう。

 案の定査錠は特別室にいる。彼が自分の家に帰っていたところは見た事がなかった。

 特別室に入ると、お気に入りの肘掛け椅子に深く腰掛けながらパイプをふかしている。

「今日は事件解決の打ち上げなのではなかったのかい」

「はい。実は打ち上げ途中である情報が手に入ったので、みんなに嘘をついて抜け出してきました」

 査錠は興味を持ったのか、今時珍しい片眼鏡(モノクル)を外しながら振り向く。

「何の情報かな」

「先輩が調べていた沈丁花山の行方不明の件です」

「あの件の情報か、それは興味深いね」

 情報(エサ)に食いついた。

「あれから進展がなさそうだったので、僕の雇った情報屋から仕入れたんです」

「聞かせてもらってもいいかな」

「ここでは駄目です」

 査錠の眉がピクリと動く。

「何、どういう事だい」

「情報屋は元裏社会の人間で用心深いんです。僕も何度も接触してやっと信用してもらったところなんです」

「ふーん」

 査錠はどこか疑いの目を向けるも、忠の方に爪先を向けているところから興味はあるようだ。

「いいだろう。どうすれば情報をもらえるのかな」

「ある場所で待ち合わせしています。その場所は僕達が以前勤めていたところです」


 忠が査錠を案内したのは旧凌霄警察署だった。

 移転してすぐ解体されることになっていたが、重機の転倒事故により、安全確認のために中止されたままになっている。

 人目を避けるために夜の闇に紛れて署内に入る。

 既に電気は通ってないので、忠の持つスマホのライトだけが頼りだった。

「ここです」

 忠は足を止めると、待ち合わせの部屋をライトで照らす。

 そこは査錠が使っていた旧警察署の特別室だった。

 扉を開けて中に入ると誰もいないので、どこか疑いを含めた口調で査錠が尋ねる。 

「誰もいないようだが」

「待ち合わせの時間は合っています。すいません、情報屋から電話です」

 電話に出るふりをして、査錠の背後に回る。

 忠は伸縮式の警棒を取り出すと、感慨深げに以前の自分の部屋を眺めていた先輩を殴りつけた。

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