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ぼくの桜桃を受け取って   作者: 七乃はふと
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牛蒡.9

 向日葵が学校に行くのは卒業するためだ。

 中退などしたら就職もままならず、両親は勿論、父の勤めている会社のイメージダウンに繋がりかねない。

 事件の被害者であるというだけで周囲の反応は変わってしまった。

 同情的な目もあれば、どこか嫌悪感を抱いているような目もある。

 そんな中、学校に通う事は苦痛でしかなかった。

 両親との会話も必要最低限のみで、学校ではほとんど一人。話す相手もいない。

 何人かでグループを組む授業などもあったが、組んでも向日葵は空気と化していた。

 そんな彼女をクラスメイト達は陰で幽霊と呼んでいた。

 気付いていたが、どうでもよくて気づかないふりをしていた。

 事件のあった年の冬。向日葵に新たな悩みが追加される。

 始まりは一人でいる時にスマホにかかってきた電話だった。

 登録していない番号だったので出ないでいると、留守番電話に切り替わる。 

それで電話は切れるかと思ったが、

「もしもし」

 受話器から漏れる湿った息遣いに鼓膜を撫でられ、肌が総毛立ち身体が硬直する。

 相手は一方的に話し始めた。

「向日葵ちゃん。頼みを聞いて欲しいんだ」

 言葉一つ一つが粘液に塗れているかのように、粘着質な声。

「君の恥ずかしい姿が写った写真を持っている」

 そこまで聞いたところで、スマホを壁に投げつけた。

 大きな音に反応した母が駆けつけてくる。

「向日葵? 何かあったの?」

「ううん。スマホ落としちゃっただけ」

 母に嘘をついて安心させると、投げたばかりのスマホが再び震える。

故障したのではなく再度の着信であることをひび割れた液晶画面が教えてきた。

 出ることなどできずに放置していると留守番電話に切り替わった。

「また電話するから」

 一言でメッセージは終わった。

 この電話の正体は誰? まさかあの時の犯人?

 そう思うと悪寒が止まらず、自分の腕が真っ赤になるほど強く擦っていた。

 脅迫とも取れる電話が来てから、向日葵は誰かに監視されているような錯覚を覚える。

 視線を感じてそちらを見るも、誰もいない。

 学校にいる時は、さすがに電話はかかってこないようだ。

 そんな幻想は、休み時間に届いたメールによって打ち砕かれる。

 内容は電話と同じような文面だった。

 電話番号だけでなくメールアドレスも知られている。

 一体どこから漏れたのか、それを考える余裕もなくなっていた。

 相談できる相手もおらず、階段の踊り場で届いたメールを削除する。

 まるで休みの時間を知っているように、その都度メールが来ていたのだ。

 震える指で削除していると、背後から声をかけられた。

「何してるんだ」

 驚きながら振り向くと声の主は綾だった。

「顔色悪いぞ」

 向日葵は顔面蒼白なまま首を振る。

「そんな握りしめたら壊れるぞ」

 綾に指摘されて初めて、自分がスマホを強く握りしめていたことに気づく。

「どうしたんだ向日葵。俺でよかったら力になるぞ」

 綾の優しさは嬉しかったが、事件の事で脅されているなんて話せるはずがなかった。

 タイミングよくチャイムが鳴る。

「授業遅れちゃうので失礼します」

 向日葵は体当たりするように綾の脇をすり抜けた。

 今日最後の授業中、向日葵のスマホが短く振動する。

 周りに気づかれてないことを祈りつつ、スマホを見ると例の脅迫者からメールが届いた。

「今すぐこの番号に電話しろ。五分以内にかかってこなかったら、こちらから電話するぞ」

 血の気が引いた向日葵は、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がる。

 授業をしていた綾が手を止める。

「向日葵?」

「すいません。ちょっとお手洗いに行ってきます」

 了承を待たずに教室を飛び出ると、誰もいないトイレに駆け込み個室の鍵をかけた。

 急いでメールに添付されていた番号に電話をかける。

 相手は待ち構えていたのか、一回のコールで出た。

「時間ギリギリだな」

 語尾からかなり苛立っている事が分かる。

「人に聞かれたくなかったんです」

 電話の声が上から目線で話し始めた。

「まあいい。俺はお前が襲われているところの写真を持っている」

 声が大きくなりそうになり、口元に手を当てた。

「今すぐ返してください」

 受話器から鼻で笑う声が聞こえた。

「返してやってもいい。だが条件がある。金と交換だ」

「そんな……お金なんてありません」

 もらっているお小遣いを貯金してあるが、雀の涙ほどしかなく、とても脅迫者の要求を満たせる額ではなかった。

「二十万だ。お前のあられもない姿が世間に晒されないで済むんだ。安いもんだろ」

「無理です。二十万なんて大金」

「親に借りるか借金でもして用意しろ!」

 恐喝めいた声音に反論できなくなってしまう。

 嗚咽を漏らしても、要求は続けられる。

「いいか二十万だ。用意できたら今日の夜七時にお前が襲われた雑木林まで来い」

「今日なんて、すぐに用意できません。もう少し時間を……」

「今度遅れたら、辱められた姿をネットに公開してやる」

 有無を言わさぬ口調で電話が切れた。

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