探偵と作家の春.3
「桜の下に埋めたのは良かったんだけど、その桜を傷つけたところから病気になって枯れちゃったことで、事件が発覚するきっかけになったんだ」
流石に長時間休まずに話したので、少し喉が痛くなって咳が出た。
「飲み物持ってくるなぁ」
お母さんはぼくを起こすと、冷蔵庫に入っていたミルクを持ってきてくれた。
「ありがとう」
一口飲むたびに喉の渇きが癒されていく。
「どうだった。ぼくの推理、なんかおかしなところない?」
お母さんは話を聞きながらメモを取っていたようで、スマホを見ながら答える。
「話聞いて、アイデア浮かんできたわ。この話のタイトルは【翁草】やね」
「翁草?」
「そう。裏切りの恋や背徳的な恋って花言葉があるの。犯人の二人にぴったりでしょ」
お母さんに頭を撫でられて、思わず顔がにやけてくる。
「えへへ。もっと撫でて撫でて」
「ええで」
慈母の微笑みを浮かべて、ぼくが満足するまで撫でてくれる。
このまま一生こうだったらいいのに。
突然お母さんの割烹着が振動した。ポケットに入れていたスマホが震え出したのだ。
頭を撫でていた手が離れ、お母さんの意識がスマホに注がれる。
ぼくに向けた事のない笑みが浮かぶ。
「ごめんね。葵くんから電話や」
お母さんが電話に出る。
「もしもし。えっもう家に向かってるの? もっと早く連絡してなぁ〜。へえ。じゃあ家で待ってるから」
電話を終えたお母さんがぼくの方を見る。
「ごめんねシーくん。あの人帰ってくるから。うちお暇しないといけないの」
ぼくは満面の笑みで答えた。
「良かったね。早く歓迎の準備しないと駄目だよね」
「ごめんな〜。また遊びに来るから。あっ鍵はかけておくからなぁ」
「うん。またね」
お母さんは何度も謝りながら、小走りで家を後にする。
玄関が閉まって鍵が掛けられるまで、ぼくは笑顔で見送った。
ソファーにもたれかかって深い不快ため息を吐き、肺の中の不快感を全部吐き出してから立ち上がる。
片足を引きずりながらに動かしながら玄関まで来くると、ドアスコープを覗き込む。
お母さんの部屋の扉が見える。まだ何の動きもない。
きっとお母さんはあいつを出迎えて外に出てくる。何分も何十分も待つ。
お母さんの部屋の前に男がやってきた。いかにも仕事帰りと言った格好の男だ。
インターホンを押す直前に扉が開き、中から現れたお母さんが感激の表情をしながら抱きつく。
男が馴れ馴れしくお母さんの背中に手を回した。
何を言っているかは分からない。
きっと「おかえりなさい」とか「夕食の準備できてるわ」と言っているのかもしれない。
男は参ったなと言いたげに、後頭部を掻きながら、お母さんの言葉を聞いていた。
ぼくはそんな幸せそうな二人をずっとドアスコープから覗く。
あの男がいなければ、お母さんを独り占めできるのに。
ぼくは左拳を固く握りしめ、ドアを叩いた。
――次回へ続く――




