プロローグ
ぼくは小説を読みながらある人を待っている。
タイトルは〈スウェット探偵事件簿〉。
名探偵の魂が宿ったスウェットを着た人達が、巻き込まれた殺人事件を解決していく物語だ。
この本はぼくの一番大好きな人が最後に書いた本で、内容は全て頭に入っている。
それでも読むのを止めないのは、これを読んでいれば、もしかしたらあの人がインターホンを鳴らしてくれるかもしれない。
そんな雲を掴むような僅かな可能性に賭けて、ぼくは彼女の描いた物語を読み続けている。
何百回目の読了を迎えた時、あの人が住んでいる
部屋の方に目を遣る。
その方向から漂ってくる臭いは常人では意識しても分からないほどで、ぼく以外に気付いている人間はいなかった。
小説に視線を落とし、最初のページから読み始める。
表紙を開くとまず目に飛び込んでくるのは、
彼女の書いたサインと、語尾にハートマークがついたメッセージ。
「シーくんの推理とても参考になりました。お母さんの新作ぜひ楽しんでね」
これを書いていた時は、あんな結末を迎えるなんて思いもしなかっただろうな。
縦に並ぶ文字を目で追いながら、彼女がこの部屋に来ていた時の事を思い出す為に瞼を閉じた。