006
「使えない?」
「ああ」
嘘だ、という言葉を飲み込めたのは、多少なりとも彼女の人となりを知った後だったからだ。それでもこの疑問は看過し難い。
「その、それだけの魔力を垂れ流しにしておきながら……?」
他の盆暗どもには叶わなくとも、彼女には眩むほどのそれが見える。だから最大限の警戒を払って接してきた。大体に於いて見た目からして人外にほど近いのだ。
「お伽話にあるじゃないか? こう、詠唱と共に杖から火球が放たれてとか、振り上げた掌から雷を放つとか、――そういうのの一切を行使できない。これは、郷の皆も同じだ」
「それだけの魔力をだだ漏れにしておいて?」
同じ事を二度訊いてしまう。
「そうだ。それは奴らにも散々に誂われたよ」
この、〝奴ら〟というのは彼女の部族が長年敵対していた魔族の事だ。ヒト族最大の敵である、のだが大陸の南でそれらに遭った者はいない。
「――お前らのそれは魔法じゃねえ、とな」
「ではない? では?」
「魔素を織り上げて魔力と成し、『回路』を通して発現されるもの。魔法ってのはそれだ。私らも散々見てきたしやられたもんだ。うちの連中には、その回路がないらしい」
「ない? でも『現象』は起こっているのでしょう? それだけの魔力があって何も起こらない筈が――」
「一樽の麦酒を蒸留して、何本の麦火酒ができる?」
「え? ああ、容量にして一割、瓶にして一〇本という所ですか」
「魔力の発動に必要な火力が火酒のそれだとしたら、麦酒のそれは桶で水をぶち撒けてるようなもんだ。普通なら燃える理由がない」
「でもそれは起こる?」
「一〇倍以上の魔力を正当ならざる回路にぶち込んで、無理矢理の回天を発揮させる。現象は同等に至っても――」
「……それは魔法じゃない」
「という、事らしい」
おかしな話だ。魔法の云々、ではない。それはもう疑ってない。彼女がそう言うならそうなのだろう。話はそれではない。それを聞いて奮える己の心情がおかしい。
「――仕合を、願えませんか」
「魔法もどきを試したくなったのか?」
月明かりが目の端に痛い。私は。
「はい。負けたくありません」