005
「背中ががら空きだぜ!」
これが宣戦の理由であるのだから度し難い。大陸の北、その東半分を占めるヒト族の領域、そこに最大の版図を誇るのが王国である。西方を望んで背中から斬りつけた王の国である。
忙しいから放っといてくれとの、再三の申し入れを無視しての進軍を支持する者は少なかった。こちらから手を出さねばされる事もないと皆、学んでいたからだ。
であるのに、王国は攻めた。それが一〇〇年の昔。
「――北方のヒト側を見に行く予定だ。急いではいない。小僧を始末するのが先だ」
一番いい腿肉の炙りに齧りつき、応える。そして始末とは。
「北は……、あまりお奨めできませんよ?」
悪い予感が当たってしまったと、受付嬢は思う。南の森を越えて来たという旅人の来歴を、他の理由を隠す虚言と判断した不明を恥じる。他の誰かであればそれはそうだったのだろうが、彼女は正しくそこから来ていたのだ。お伽話よりも旧い民の、末裔として。
「人聞きの悪い。戦をしに行くとは言ってないが」
月に数頭の魔獣が狩られ、それを以て秩序の保たれている辺境に於いて、この戦士はそれを毎日背負って帰る。連れの少年が解体を修める為に。ただ、それだけの為に。
彼らは実在して、彼女はここへ至った。嘘のような本当の話だ。
「でも、見てしまったら、してしまうのでは?」
「魅力的な提案だ」
彼女がヒトのように笑うのを、初めて見たように思う。
「――魔獣は、命あるもの全てを殺す為の存在だそうだ。だから会えば狩る。他の何かが同じ事をするのなら、同じように扱わなければ同義に外れる事になるな。なるほど、貴女の話は明快にして筋が通っている」
背筋が凍りつく音が耳障りでならない。間違えてはならない。
「あ、あなたはどちらに立つ者なのですか? 私たち――ヒトの方に? それとも彼ら、魔族の側に?」
初めて会った時から、彼女から敵意を受けた覚えはない。荒くれ達の歓迎を蹴散らしている時にも、それは感じなかった。今にしてもそうだ。
「監督官曰く。我らはヒトの側を逸れ、魔を退ける盾となった放浪者だとか。元はどこかの王族だったそうだが」
ん?