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受賞作発売記念特別SS 君の一番になりたい

※10月10日発売※

「私の婚約者様の毒舌が過ぎる ※ただし、私以外に!」

双葉社 Mノベルスf

イラストは三月リヒト先生。

加筆修正はもちろん、番外編では二人の出会いも書きました!


挿絵(By みてみん)


【公式サイト】

https://onl.la/Gf7TAM9


☆10月5日からフェア開催☆

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詳しくは新人発掘コンテスト公式サイトをご覧ください!

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「ちょっと、アッシュちゃん。聞いてるの?」

「聞いています」


 この問いが来ると面倒だ。対応を間違えると後々ご機嫌取りが必要になる。

 母には「アッシュちゃんが冷たい~」なんてエグエグブツブツ言われ、父には「なぜちゃんと母の話を聞かないのか」と事あるごとに冷たい視線とともにネチネチ言われるのだ。


 アシュフォードは読んでいた本を仕方なく閉じ、面倒くさいという感情に特大サイズの鉄の蓋をして母に応答した。もうすぐフロストとブランドンが来るからと客間にいたのが間違いだった。自分の部屋にいれば母に絡まれることもなかったのに。いや、この人は普通にズカズカと入ってくるか。


「じゃあ、今さっきまで私は何の話してたぁ?」


 パッと見て年齢を推測できない外見の母は普段通りピンクのドレスで向かいのソファにダラッと寝そべった。この人に常識や普通を求めるのをやめたのはいつだっただろうか。ついでに親としての愛も。

 遠い昔すぎて思い出せない。ブロンシェに婚約を申し込んだ時にはもう母に何の期待もしていなかった。その目に父しか映さないこの人に。


「化粧品のパックが合わない気がするから違うのに変えようかという話を十五分。その前は父と一緒にこの前見た歌劇の話を十五分していました」

「あら、難しい本読んでてもちゃんと聞いてるのねぇ。凄いわ! それでぇ、アッシュちゃんはどう思う~?」


 四十近いのに「それでぇ」なんてよく言えるものだ。自分の母親ながら未知の生命体に見えてきて呆れよりも感心する。この人の血は紫色なのではないだろうか。


「化粧品の件は今日フロスト王子が来るので聞いてみましょう。彼の方が詳しいので」

「まぁ! フーちゃんが来るならちょうどいいわね!」

「今日伝えておけば次回サンプルを持ってきてくれるでしょうから」


 一気に母はご機嫌になったので、この対応は間違っていなかったようだ。それにしても一国の王子に向かって「フーちゃん」はないのではないか。ブロンシェのことも最初は「ブーちゃん」と呼んでいたが。このように距離感ゼロの部分が本当に理解できない。


「じゃあよろしくね~。ねぇ、アッシュちゃん。まさかとは思うけど、そんな態度でブロンシェちゃんと喋ってないでしょうね?」


 鼻歌でも歌いながらどこかへ行ってくれるかと思ったらそうはいかない。アシュフォードは心の中で盛大なため息をついた。鉄の蓋でふさいだ面倒くさい感情が今すぐ溢れ出しそうだ。


「そんな態度というのは?」

「女性の話を片手間に聞いてないでしょうねぇってこと~。ほら、さっきまで私が話してるのに本読みながら聞いてたでしょ」

「ブロンシェに対してはそんなことはしません」

「ならいいけどぉ。そーゆーとこは注意しなさいよ~。女性の話はしっかり聞かないと。大切にされてないって思うんだからぁ。ブロンシェちゃんに愛想つかされちゃうわよ。あ、私これからお出かけしてくるから!」


 軽い足取りで部屋から出て行くピンクの塊、いや母の後ろ姿を見送って読みかけの本を手に取る。


 なぜ母は気まぐれに自分に構うのだろうか。窓を開けたら入って来る虫のような頻度で。

 構わなくていいのに。常識・良識もないし、母から学ぶべきことも正直何もない。もしあるならば、図々しさと図太さくらい。

 エドワードも自分もあれほど図太く生きることができたなら、現在抱く葛藤は違ったのではないだろうか。


 どうせ母にとって父が一番大切で、その次は母自身が大切で。アシュフォードが熱を出そうとトップを取ろうと誰かに喧嘩を吹っ掛けようと、片手間に雑に構うだけなのに。だからアシュフォードも母親を片手間に雑に扱う。それだけだ。どうせ父と母の一番になれないのだから。


 でもブロンシェは違う。ちゃんと一番に扱ってくれる。

 ページをめくりながら本の内容は頭に入ってこなかった。


***


「えーっと、第三代国王はアロイス!」

「ブブー! それは第五代国王」

「え、じゃあ第三代国王だれ? ヘンリー?」

「ヘンリーは二代目」


 ブロンシェたちが女子会で不在のため、ブランドンとフロストがハウザー公爵邸に押しかけるようにやってきていた。

 フロストは必死でこの国の歴史を覚えようとしている。そして勉強の監督をしているのがブランドンだ。そこまでは全く問題ない。問題なのは中身だ。答える側も教える側も全部間違っている。


「どっちも違う」

「「え?」」


 二人が同時に間の抜けた顔で、本を読んでいるアシュフォードの方を振り返った。


「アロイスは第四代国王で、第二代はヘンリーではなくヘイロン」

「ブランドン! どっちも違うじゃん! 大嘘つき!」

「そうだっけ? てへ☆」

「てへ☆じゃないよ! ただでさえエレーナと婚約していじめられそうなのに、こんなに馬鹿だって知られたらどうしよう! 絶対笑われる! マナーだってまだまだよく分かってないのにぃぃぃ! 駄目だ、絶対いじめられる! どうしよう! なんでポーカーだけして生きてちゃいけないの!」

「うるさい。いじめられたらいいだろう。馬鹿は隠してもいずれバレる。なら早い方がいい」

「アッシュも他人事じゃなくて協力してよぉ!」

「歴代国王を覚えて何の意味がある。先に地域の特産品やハベル公爵家について勉強しろ」

「そっちも勉強してるって! こーゆーのは一般常識じゃん! 会話でぽろっと出るじゃん!」

「ジゼルに教えてもらう?」

「やだよ! 鞭痛い!」

「痛みを伴うと習得が早いんじゃないか。ブランドンがいい例だ。こいつが何回ジゼル嬢に蹴られたと思っている」

「それ犯罪! いじめ! 暴力反対!」


 フロストは余裕がなさそうに喚いて暴れ、ブランドンは鞭と足で打たれた先輩の余裕なのかヘラヘラ笑っている。


「ハベル公爵家から優秀な秘書や侍従をつけてもらえるんだから、そんなに勉強しなくていいんじゃないのか。エレーナ嬢が跡取りなわけだし、商会運営をするわけでもないんだし」

「でもでも、エレーナの役に立ちたいから」


 アシュフォードは口にこそ出さなかったが、うっかり目に感情が乗ってしまったらしい。


「そんな憐れんだ目で俺を見ないで!」

「五十年早いなんて口に出していないが」

「出してないけど、目が! 目が言ってた! ってか今思いっきり言った!」

「まぁまぁ。フーちゃん。勉強すれば大丈夫。頑張ればなんとか赤点じゃなく卒業できるくらいになるから。これ体験談」

「そうだな。犬が人間の言葉を話し書類も読めるようになった。頑張れ、死ぬまでには何とかなる」

「ひっど! 好きな人の役に立とうとする俺のガラスのハートを全力で割りに来てる!」

「ガラスのハートの持ち主が国を超えてくるわけがないだろ。心臓に綿でも入っていて叩いてもこたえないだけじゃないか」


 ブランドンがフロストの頭を軽く撫でて諫めている。これではどっちが犬と形容されていたか分からない。

 フロストを眺めながらアシュフォードの胸には懐かしい憐みがあった。


 そうだった。一番にしてもらえないから、最初は両親に自分を見てほしくて勉強を頑張ったはずだった。今は全く違うが。

 エドワードもそうなのか。自分を一番に愛してもらえない恐怖。それでエドワードは諦めてあんな田舎に引っ込んだのか。


 フロストもきっと今そんな状態なんだろう。自分はエレーナ・ハベルの役に立っていないという焦燥、頑張れば彼女にもっと愛してもらえる、一番に大切に愛してもらえるという錯覚。それが違うと教えるつもりはない。


 アシュフォードは無性にブロンシェに会いたくなった。

 ずっとこんなことは口にするのは恥ずべきことでダメなことだと思い込んでいた。プライドを捨てたつもりで「捨てないでくれ」くらいしか言えなかった。

 でも、今「君の一番になりたい」と口にしたら。ブロンシェは普通にあの笑顔を見せてくれるだろう。


紫のお上品な表紙が目印!

ぜひぜひお手に取っていただけると嬉しいです。

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