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アマリリス・ハウザーによる事件簿 ダフ侯爵夫人の回想より「ピンク」

いつもお読みいただきありがとうございます!

※今回は「虫」や「ミミズ」が出てきます。苦手な方はお戻りくださいませ。


うきうきした様子でピンクのドレスを靡かせ、クラブの従業員にエスコートされる女性が一人。いや二人。

片方はスキップでもしそうな足取りだが、もう片方は地に足が付いた歩き方だ。


ガーディアンクラブは肉体美を誇る男性達の接客やショーも人気だが、個室も提供している。いかがわしいことをするお部屋ではなく、人に聞かれたくないお話をする部屋だ。お高いので貴族か商人しか利用しない。


「個室で良かったの? 将来の嫁を監視しておくならあちらに行った方が良いでしょう」


深いグリーンのドレスを着たダフ侯爵夫人が聞く。地味に見えるが彼女の気品に溢れた様子にとても似合っている。元々彼女は若いころからあまり派手な色を好まない。そう、特にピンクとか。


「いやだわぁ~、マグノリア。それじゃあ嫌な姑じゃな~い。ブロンシェちゃんのことは全然心配してないのよぉ、浮気なんてするわけないしぃ」


「でも息子に頼まれたのでしょう?」


「頼まれたわけじゃないのよ~。うちの可愛いアッシュちゃんは親に頼るの苦手だもの。ブロンシェちゃんがクラブに行くかもって知ってソワソワアワアワしてたから『お母様に任せなさい☆』って言ったの~。頼ってくれたらホイホイ叶えちゃうのに~」


「請け負ったのなら尚更あちらにいた方がいいんではなくて?」


「ダイジョーブよ。クラブにはあなたと来たんだからぁ。一緒の空間にいるんだしぃ。それに女子会は超大事なのよ。青春よ、青春! 青春の場に姑がいたら台無しだわ」


向こうには執事キャラやおねぇキャラもいるんだから、姑がいても問題ないと思うのだが。

マグノリアも娘のジゼルとクラブで会うのはあまり気が進まないので、この話題はやめにすることにした。何しろ、アマリリス・ハウザーと喋り続けると疲れるからだ。




マグノリア・ダフとアマリリス・ハウザーは意外にも同い年である。ということは学園で同級生だった。


ダフ侯爵夫人はその頃は侯爵令嬢、ハウザー公爵夫人は貧乏な貴族令嬢であったため接点はまるでなかった。

ただ、あのアマリリスのことである。学園でも色んな意味で目立っていた。

というか彼女が容姿と空気の読めなさで目立っていたところに、ライナス・ハウザーが惚れて付きまとい始めたものだから余計悪目立ちした。


マグノリアはある日、アマリリスがいじめられているところを目撃した。

別にいじめを認めているわけではないが、積極的に止めるつもりはなかった。そんな正義感を振りかざす必要はないし、自力でなんとかできなければ高位貴族に嫁いでも精神を病む。


廊下を歩いていたマグノリアは、気になってふと足を止めた。

側にある学園の庭では、アマリリスが三人の令嬢達によって土をかけられているところだった。あの土はどこから持ってきたのかしら、手間がかかることをするのねとマグノリアは淡々と考える。


「あなたみたいな貧乏な家は土をいじっていればいいんだわ」

「汚い姿がお似合いよ。学園やめなさいよ」

「いやだわ、汚い。それに臭いわ。貧乏と田舎の臭いよ」


令嬢達による罵詈雑言は醜悪だった。なんて程度が低いとマグノリアは眉間にシワを寄せる。


「まぁ、ミミズさんがいっぱい! なんていい土なのかしら! 土壌が豊かなのねぇ!」


場違いな明るい声が庭に響く。


「ねぇ、どこの土なの? このお庭かしらっ! 持って帰ったらまずいかしらぁ?」


土を持って帰ってどうする気……?


「え……」


「この辺りに掘った跡はないみたいですし……あら、青虫さんがあなたの首筋にいらっしゃるわ! じゃあ青虫さんがいる辺りかしら! その青虫さんも大きいし、栄養状態が良さそうですわぁ!!」


アマリリスの言葉にマグノリアも含めて令嬢達もギョッとする。


「ひぃっ。あなた、首筋に!」


「緑の虫よ!」


「え! ちょっと! 取ってよぉ!」


一人の令嬢の首筋に青虫がいるようだ。


「い、嫌だわ、虫を触るなんて」


「わっ、私も遠慮するわ」


「ほぉら、見てください! このミミズさん! こちらも大きいですわねぇ!」


アマリリスは青虫よりミミズが気になるのか、土をすくって令嬢達にわざわざ見せている。


「ひぃっ」


令嬢達はわざわざ土を運んで来たのにミミズには気付いていなかったらしい。あるいはほかの誰かにやらせたか。青虫をくっつけた令嬢も含めて慌てて逃げていく。令嬢の走る速度なら青虫は落ちないわね。


土だらけな上に土を両手で掬って大変嬉しそうにしているアマリリスは、傍から見たら完全にヤベェ奴だ。


「あなた、着替えはあるの?」


庭に出て、マグノリアは少しだけ大きな声で問いかけた。さすがに近づく勇気はない。


「ありますわ~。保健室に三着ほど予備を置かせてもらっていますの!」


ありすぎだろう。どれだけ水をかけられたり、服を破かれたりしているんだ。


「マグノリア様はお優しいのですねぇ~。黙って立ち去ることもできたのに。高位貴族の方は下々を気にしてはいけませんよぅ」


マグノリアの存在にはしっかり気付いていたらしい。侯爵令嬢であるマグノリアが下手に首を突っ込むと大事になることも多いので、いじめは見て見ぬ振りをしたのだが。


「その格好では後が困ると思って」


「あらぁ、大丈夫ですわ。放課後まではこれで過ごしますわ。そっちの方が楽しいでしょう? それにこの土がどこから来たのか探さなくては! 同じ色の土を探せばいいかしら~。あ、先ほどの方々のところに聞きに行ってもいいですわね」


見た目は可愛いのに、なかなか度胸のある令嬢である。アマリリスなら、先ほどの令嬢達のクラスに行って「この土はどこから取ってきたのですか?」と聞くだろう。ほとんど公開処刑である。


マグノリアはアマリリスの認識を改めた。


「あの令嬢達、明日には学園に来なくなると思うから今日中に聞いておいた方がいいわよ」


ライナス・ハウザーが黙っていないだろう。明日から謹慎くらいにはなるはずだ。


「まぁ、やはり。土を触り慣れていらっしゃらないようでしたからぁ。今日は日差しもありますし、ご令嬢達には土いじりはキツイですものね」


いや、土いじりで体調崩すわけじゃないけれども。


「あなたは平気なの?」


「うふふ、虫やミミズを嫌がっていたら田舎では生活していけませんわぁ。それに私、ピンク色のものは何でも好きなんですの」


「そう……」


ミミズって確かくすんだピンク色だったかしらね……。




「でねぇ、マグノリア。今日の本題なんだけどぉ、クルス伯爵家のご子息がどうもブランドンちゃんのことバカにしてるみたいなの。ジゼルちゃんのこともまだ狙ってるっぽいわぁ」


「その情報はどこから?」


マグノリアは学園時代を回想して遠い目をしていたが、現実に戻る。


「うちのブロンシェちゃんよぉ。ブランドンちゃんは面と向かって馬鹿にされてるのに気付いてないみたい。うちのアッシュちゃんやジゼルちゃんがいないとこで言ってるみたいよぉ」


「ブロンシェ嬢の情報なら信憑性が高いわね」


「学園でならアッシュちゃんが対処したんだけど、もう卒業してるしぃ。ブロンシェちゃんもどうしようか迷ってるみたいで」


「問題ないわ。うちで対処する。クルス伯爵家くらいなら今のジゼルが対処できるでしょう」


「うふふ、なら良かったわぁ。可愛いブランドンちゃんが変な事言われてるの、私嫌なのよぉ」


「とりあえず茶会には招かないようにしないとね。いえ、あえて招いてそこでジゼルに対処させようかしら。他家の夜会はまずいものね」


「うちは化粧品を売らないようにしちゃおっかな」


二人とも上品な仕草で食事をしながら、対処法を決めていく。侮られるわけにはいかないのだ。


「ねぇ、このクラブ特製パーティーラビオリなんだけど。激辛は入っていなかったかしら? 私は食べていないわよ?」


「うふふふ」


マグノリアは激辛のラビオリに当たっていない。だから必然的にアマリリスが既に食べたことになる。


「いつの間に」


あの激辛のラビオリは、表情を変えない訓練を積んでいる高位貴族でさえ表情を変えるほど辛いのだ。それを目の前のアマリリスは顔色を変えず、マグノリアに悟らせずに食べたという事になる。学園時代と変わらず、恐ろしい女である。


「孫が楽しみだわぁ」


「気が早すぎるわよ。まずは結婚式でしょう」


「うふふ。言ってみただけ~。子供達には苦労して欲しくないもん。平和が続けばいいな」


「それはどこの親でも一緒よ」


「ね、もう一個特製パーティーラビオリ頼んじゃう?」


「……やめておくわ」


親の願いとは裏腹に、子供達は変化の波にさらされることになる。


☆おまけ☆

「お前が女装して一緒にクラブに行けばよかっただろう。あそこは男性客は入れないんだ」


アシュフォードにめちゃくちゃ責められているフロスト。

ハベル公爵家の侍女達は「その手があったか」みたいな顔をしている。


「そんなこと思いつかなかったよぉ! ブランドンだって女装すれば行けたじゃん。ブランドンも責められるべきだろ!」


「ブランドンは筋肉質だからバレる」


「てへ」


「俺がモヤシで女顔ってこと!?」


「事実だろうが。ブロンシェに変な虫がついたらどうするんだ」


「エレーナだって浮気するかもぉぉぉ! うわーん」


「うるさい」


「ジゼルは浮気しないって言ってたから大丈夫だよ~」


「何その絶対の信頼! 無理無理~! クラブってイイ男いいっぱいいるんだろ!」


女性たちの帰りを待つ男達はカオスであった。

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