その日が来るまで
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「殿下、オルグランデ王国語の発音で巻き舌なんですが」
「あぁ、あれは難しいな。巻きすぎるのは良くない。って、うわっ、トマトが潰れた!」
「力入れすぎなんですよ。切れ込み入れてから斜め前に押し切るように切ってみてくださいって言ったじゃないですか」
「すまん。まさかこんなに柔らかくて、種まで飛び出るとは思わなかった」
「もう料理人雇った方がいいんじゃないですかぁ?」
「給金がな。この土地はあまり豊かじゃないし、税収もそんなにないからな」
エドワードとカミラはキッチンでわぁわぁやっている。カミラがエドワードに料理を教えているのだ。
「でも、今のままだと殿下、メニューが野菜炒めとシチューの二択ですよ」
「そんなことはないぞ。パンを買ってきて挟むとかだな」
「じゃあ、シチューか野菜炒めかサンドイッチですね」
「そうだな! 十分だろう!」
「卵も割れるようになりましょうね~」
「うむ、そうだな。ヒヨコが出てくるのかと思ったらあのような黄色い物体が出てくるんだな! というかなぜか毎回、殻が大量に黄身や白身の中に入ってしまうんだ」
「割り方がダメなんですよ、ほらこうやって割るんです。もうスクランブルエッグは諦めてゆで卵にした方がいいかも……」
カンカンと卵を打ちつけ、カミラが割った卵は殻など入らず綺麗に中身だけボウルに落ちる。
「カミラはすごいな! 天才だな!」
「エレーナ様と結婚してたらこんなことしなくても良かったのに」
新しいことにはしゃぎつつ、失敗して肩を落とすエドワードを見てカミラは思わず口にしてしまう。
彼は王族のままかハベル公爵家に婿入りできていたのに。そうしたら卵を割ったり、トマトを切ったりする必要などなかった、それこそ一生。
「自信がなかったんだ。それにエレーナには好きな奴がいたしな」
エドワードは悲しそうに言う。
自信がないなんて言っていても王妃様からちょくちょく手紙が届いている。あそこまで愛されていてどうして自信がないんだろうか。
エドワードはすでにこの西の領地に馴染み始めていた。
最初は「女性関係でやらかした第一王子」として遠巻きにされていたが、何度も街に足を運んで住民の声を聞くことで今では「兄ちゃん、料理できないんだろ、奢ってやるよ」とか「一杯飲んで帰れよ」「これ作り過ぎたから持って帰りな!」などと息子のように可愛がられるまでになっている。一種の才能だ。
カミラは毎日掃除したり、ペンキを塗ったり、草を抜いたり、語学の勉強をしたりしながらエドワードを観察する。学園にいた時よりも力が抜けて楽しそうだ。
時折、彼は絵を描く。デッサンだがなかなかうまい。
カミラの絵も描いてくれたことがある。
よく描いているのは王妃だ。カミラは男爵令嬢故に遠くからしか王妃を見たことがなく、そう何度も拝んだことがないから分からない。だが、エドワードがこの絵は王妃だと言うのだ。間違いないのだろう。
一度のぞいた時、エドワードは王妃でもカミラでもない女性を描いていた。王妃と同じくらいの歳の女性だ。凛とした王妃に対し、その女性は優しくて儚げだった。
その女性は誰かと聞きたかったが、エドワードがあまりに物悲しそうな顔をしているので聞けなかった。
共同生活が始まって早4カ月。
カミラは自分のことを賢いだなんて思っていない。だが、そんなカミラでもエドワードが「穏便な婚約解消」のためだけにあの一連のことをやったとは思わない。
「これだけ一緒にいて私にも言わないってことは、男のプライドかなぁ」
もちろん、お互いに恋愛感情はない。カミラはエドワードから理由を無理に聞き出すことはしない。
「やーね。男のプライドって。めんどくさい」
でも、エドワードの重荷を半分とは言わない、四分の一くらいなら持つ準備はいつでも出来ている。
「さ、掃除しよっかな」
今日もカミラは元気に働く。ここを出て行くその日が来るまで。エドワードが打ち明ける気になるのを待ちながら。