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アマリリス・ハウザーによる事件簿 石鹸

いつもお読みいただきありがとうございます!

本編に入れ込めなかったお話を番外編で更新していきます。

リリアーナ・ミュラーはお茶会が始まったばかりだというのにもう帰りたかった。

ちょっと前まではしがない子爵令嬢、今は新婚ほやほやの伯爵夫人であったとしてもだ。

別に新婚ほやほやだからすぐ帰りたいわけではない。社交やお付き合いは大切だ。


でも侯爵家のお茶会なんて肩が凝るだけだし、こんな堅苦しいお茶会に出なきゃいけないなら男爵家あたりに嫁いでおいた方が良かった~と思わなくもない。いくらミュラー伯爵家がお気楽一家でも。


リリアーナ・ミュラーは自分で言うのもなんだがそんなに賢くない。

「すごーい」「可愛い」「綺麗!」という単語だけでお茶会は乗り切れない。


しかし、お隣を見たら「可愛い」という単語しか出てこない。「こんな可愛い方いるのね」とリリアーナは心の中で何度も繰り返した。


お隣に座るのはこれまた新婚ほやほやのハウザー公爵夫人・アマリリス・ハウザーだ。

王子よりも結婚相手として人気があった次期ハウザー公爵を射止めた女性である。

妖精って見たことないけど、こんな感じだろうなぁなんて呑気にリリアーナは考えていたが、ハタと気づいた。他人から見ればかなり遅い気付きであるが、リリアーナはたった今気付いた。


おかしくない?

なんで次期ハウザー公爵夫人がお茶会でこんな末席にいるの??


私ならこの席なのは分かる。だって大したことない伯爵夫人だし。

ただ、次期ハウザー公爵夫人はもっと中央の、なんなら主催者と同じテーブルあたりにいないとおかしいではないか。


そこまで気付いてリリアーナは「これが嫌がらせかぁ」とやっと思い至る。

次期公爵であるライナス・ハウザーの人気はすさまじかった。容姿端麗で頭脳明晰。次期公爵で次期宰相。

そんな彼を射止めたアマリリスに対するファンたちからの嫉妬はこれまたすさまじいものがある。


さすがにテーブルの上のお菓子の内容まで変える意地悪はしていないが。この席は明らかに主催のバスティアン侯爵夫人の嫌がらせだろう。


「こちらのお菓子おいしいわ」


そんなことを悶々と考えていると、お隣の妖精じゃなかったアマリリス・ハウザーが話しかけてきた。このテーブルは気の弱い令嬢や夫人が集まっているのか、他の参加者たちも肩身が狭そうだ。


「あ、本当ですね」


薦められた菓子を取って口にすると、確かに美味しい。さすが侯爵家のお茶会である。


「公爵夫人から良い香りがするんですが、何の香水を使っていらっしゃるんですか?」


リリアーナ・ミュラーは自分で何度も言うのも何だがあんまり賢くない。そして割と能天気でお気楽な性格である。さっきまで「嫌がらせかぁ」なんて考えていたことなど忘れて、目の前の妖精との会話を楽しんでいた。


「ダーリンが婚約の時にプレゼントしてくれたの。ダーリンが調合したらしいからどこのかは分からないんだけど」


「ハウザー様は情熱的ですねぇ」


「うふふ、ありがとう」


私みたいな伯爵夫人が「ダーリン」なんて言うとイタイだけだが、目の前の妖精が言うと違う言葉のようだ。可愛い、めっちゃ可愛い。眼福。そして花のようないい香りがする。


せっかく末席であることを忘れて楽しんでいたのに、リリアーナの視界になんだか不快なものが映り始めた。


「どうかされたの?」


顔に出てしまったらしく妖精を不安にさせてしまった。


「いえ、あの……あの給仕がなんだか……その……」


そう、侯爵家の若い男性使用人が妖精をガン見しながら給仕しているのだ。何なのだ、あの若い使用人は。いくら妖精が可愛いからってそこまで見る必要ないでしょ。

他の使用人はベテランなのかそんなことはない。その若い使用人だけがなんだか浮いている。


「あぁ、先ほどから見られていると思ったらあの方だったのね」


妖精は困ったように言うと、紅茶のおかわりを頼む。

違う人に頼んだにも関わらず、紅茶を持ってきたのはあの若い使用人だった。


「あなたって侯爵夫人と同じ香りがするわね」


若い使用人が紅茶を置くと同時に、妖精はそんな言葉をかけた。

リリアーナは意味がよく分からなかったが、妖精の声がけっこう通ったらしく、同じテーブルや周辺のテーブルの参加者たちはシンと静かになった。


「そんなことは……」


若い男性使用人は慌てているが、妖精はニコニコ笑っている。


「どうかなさったのかしら?」


異様な雰囲気に、主催者のバスティアン侯爵夫人がテーブルまでやってきた。挨拶したときも思ったけど、この人、化粧濃いな。


「この方から侯爵夫人と同じ香りがするんです」


妖精は厚化粧の侯爵夫人をものともせずににこやかに会話をスタートした。

リリアーナの耳にここでやっと「侯爵夫人の愛人じゃない?」「お茶会の日までやるわねぇ」といった他のご夫人のコソコソ話が入る。


なるほど。そういうことだったのね。だから皆固まってたのね。

バスティアン侯爵夫人は扇で隠しているから表情がよく分からない。


「どこの石鹸を使っていらっしゃるの? すごくいい香りなんだもの。教えて欲しいわ」


妖精はニコニコと相変わらず可愛い。


「使用人の方もこんなに良い香りの石鹸が使えるなんてさすが侯爵家ですわ」


ベテランの使用人が侯爵夫人に何か耳打ちする。

バスティアン侯爵夫人は目を細めると、扇をたたんだ。いやぁ、扇の使い方に貫禄あるわぁ。


「さすが次期ハウザー公爵夫人ですわね。商会から新しく取り寄せた珍しい石鹸を皆さまにサプライズでプレゼントしようと用意をしていたら、香りでバレてしまったわ」


「まぁ、プレゼントで頂けますの? それは無粋なことをしてしまったわ。でもとってもいい香りなんですもの」


「ふふ。お帰りの際にお渡ししますわ。皆さま、期待なさって」


侯爵夫人の取り巻きがまず歓声を上げる。

私も高級な石鹸がもらえそうなことで喜んだ。香り高い石鹸は大変お値段がするのだ。


その後は若い男性使用人はジロジロ見てくることもなくなったし、妖精と会話を楽しんでから石鹸を貰って帰った。

帰ってから新婚の旦那様に報告する。


「すごいわよねぇ、公爵夫人ともなると香りですぐ分かるのねぇ! 石鹸をみんなにくれたバスティアン侯爵夫人も太っ腹よねぇ!」


旦那様はため息をついた。


「リリアーナ、それ絶対石鹸の臭いじゃないよ。多分、その若い使用人は侯爵夫人の愛人。あそこは侯爵にも夫人にも愛人がいるのは知ってる人は知ってるから」


「え?」


「次期ハウザー公爵夫人は天然だって聞くから、分かってなくて石鹸って言ったのかもしれないけど……バスティアン侯爵夫人の香水がその使用人に移ってたから同じ香りがするって言ったんだよ。石鹸をサプライズプレゼントしたのはベテランの使用人の機転だね。今日の茶会は人数多かったから、結構損したかもね。お茶会中にみんなで慌てて石鹸をラッピングしたんじゃないかな」


「あ、そういえば途中で使用人の数減ってたかも。帰り際、みんな疲れてたし」


「そういうことだよ」


「もしかしなくても結構な修羅場だった?」


「気付かなかったなら良かったんじゃない? 青い顔してたら侯爵夫人の愛人だって分かってますってことだからさ。にしても次期ハウザー公爵夫人は全部わかっててやったんだとしたら相当ヤバイ人だよ」


「あんなに可愛い妖精みたいな人なのに~」


「まぁ、うん。あの次期ハウザー公爵が惚れ抜いてるくらいだから普通の人じゃないと思うよ」


リリアーナ・ミュラーはこの時、まだ知らない。

妖精の長男と自分の次男が学園でつるむようになることを。


これがのちに語り継がれる『アマリリス・ハウザーによる事件簿 石鹸』である。

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