57(エドワード視点)
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俺がアシュフォードに初めて会ったのはかなり小さい頃だ。まだアシュフォードも俺も婚約者はいなかった。
はっきり言ってしまうと、アシュフォードの第一印象は良くなかった。すでにあいつは小難しい本を読んでいたし、子供らしからぬ話をしていた。絵本に毛が生えたような本しか読んでいない同年代の子供達と話が合う訳がない。
母には「宰相の子息で頭がいい子だから仲良くなっておきなさい」と言われたが、アシュフォードが何を言っているかちんぷんかんぷんだった。アシュフォードは期待も何もしていなかったようで、話が通じていないと分かるとさっさと離れて行った。そんな訳で俺はアシュフォードが苦手だった。
アシュフォードの印象が変わったのは、あの件があってからだった。
「私のエドワード」
母の公務であった孤児院への慰問に付いていった際、侵入してきた女性が俺に手を伸ばしてきた。
子供たちだけで遊んでいた時だった。
即刻護衛騎士達に女性は取り押さえられたが、沸き上がったのは急に知らない人物が向かってきたことの恐ろしさでも女性のやつれた様子に対する不快感でもなく、奇妙な懐かしさだった。
枝などに当たってできた擦り傷だらけの腕、取り押さえられてもなお俺に近付こうとして地面を掴み傷だらけになる指。
彼女は子供を亡くし気が触れてしまった女性だったようだ。くしくも彼女の子供の名前もエドワード。
これらが報告として上がってくる前から、俺はその女性のことがずっと気になっていた。
この事件以降、食事があまり食べられなくなり、眠れなくなった。周囲は口々に心配する。
ただ、その中で俺は以前とは違う感覚に気が付いた。
気持ち悪い、嘘の気配だ。
表面上は心配しているけれど、本音のところではそうではない。あの件で俺はとうとうおかしくなったのかと、変な感覚に混乱した。
母は苦しんで産んだ俺に危険が迫ったことで過干渉になり、しばらく俺に張り付いていた。俺と第二王子の年齢が離れているのは母の産後の肥立ちが悪かったのと、この事件のせいだ。母からは嘘の気配はしなかった。
自分がおかしくなったのか悩んでいた時、またアシュフォードに会った。
「眠れないなら本を読めばいいじゃないですか。語彙力をつけないと猿にも劣る知能になりますよ。語彙力があれば、論理的思考ができて話し合いもしやすく、自分の意見が通りやすくなります。想像力も身に付きますし、なにより他人を脅せます」
俺の顔を見た瞬間、呆れた様子でアシュフォードはこれである。
他人を脅せるってお前、まだ子供だろう。一体こいつの頭はどうなってるんだ?
さらに混乱した。しかし、後から気づいたがあの時のアシュフォードに嘘の気配はなかった。
俺は安心した。苦手だと思っていたが、アシュフォードは上っ面の心配や嘘を言う人間ではない。性格も口も悪いが。
だから、アシュフォードが家格の釣り合わない伯爵令嬢との婚約を望んでいると聞いた時に、うまくいくよう裏からちょっとだけ手助けをした。
もちろん茶会で相手の令嬢は確認した。超絶美少女ではないが、おっとりしていて柔らかい陽光のような令嬢だった。嘘の気配は全くない、ただ、得体が知れない。
ほんの少しアシュフォードの母親に似ていた。アマリリス・ハウザーは気付いたら横にいたり、後ろに立っていたりするような女性だった。
「殿下は陛下によく似ておられますわね~。王妃殿下の面影は、う~ん、分かりませんわねぇ。うちのアッシュちゃんもダーリンによく似てるんですけど~、私の面影があんまりないのは悲しいのですわぁ」
ある時、アマリリス・ハウザーにそう言われドキリとした。別に彼女が突然顔を近づけてきたからドキドキしたわけではない。なんとなく、気になっていたけれど触れてこなかった部分を突かれたからだ。
本当の混乱はここからだった。
内密に調べ始めると、父の学園時代に恋仲だと噂があった女性は侵入してきた女性によく似た容姿だった。学園時代ですっぱり手を切ったとされているからこれだけなら偶然だと割り切ったかもしれない。
ただ、母の出産に立ち会った医師や侍女たちはことごとく職を辞していた。足取りを追うと皆亡くなっていた。
決定的な証拠はない。だが、これらの結果が示すのは王妃の産んだ子供は死産で、俺は取り替えられた子供なのではないかということだ。王家の証なんてないが、俺は国王によく似ているから父親は国王なのだろう。
悩んだ末、俺は決めた。疑惑のある俺の子供は作ってはいけない。すべて杞憂であったとしても俺の血はここで絶やさないといけない。




