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「本当に意外だな。婚約者とあれだけベタベタと一緒にいたのに何も話していなかったのか」
「学園でしかできない経験でしょう」
「そうだが……。というかお前、俺が婚約者のことを言及した途端ムキになりすぎだろう」
「そうでしょうか」
「そうだ。授業以外のほとんどの時間を婚約者といつも一緒にいるから少しくらいカミラに時間を割け、と演技で指摘した時に目で殺されそうだったぞ」
アシュフォードは軽く首を捻り、何となくいつのことかを思い出した。
「そういえばカミラがこう言っていた。お前みたいなクールぶって仕事もデキる男は家では好きな女に膝枕してもらって、ごろにゃん甘えているに違いないと。そうじゃないと心のバランスが取れないらしいな」
「まぁ近いですね。ごろにゃんはしていませんが」
「おい、ちょっとは頬を染めるとかしろ。言ってるこっちが恥ずかしいわ!」
「秘密を抱えていることに押しつぶされそうな時は、よくブロンシェに甘えてましたね」
「あー、カミラの言っていた通りか。どうせ『捨てないでくれ』とか言っていたんだろう。捨てられそうになったら逃がす気もないくせに」
「そりゃあそうでしょう。ブロンシェはこの世にただ一人ですから。見たところ殿下とカミラ嬢はそのような関係ではないのですね」
「当たり前だ。戦友みたいなものだな」
「卒業パーティーはどうされるんですか?」
「行くわけないだろう。金も時間ももったいない」
「左様ですか」
長居するといろいろ勘ぐられるだろうから、とアシュフォードは紅茶を飲みほして立ち上がる。エドワードは同意するように頷いた。
「本当にいいのか、アシュフォード。婚約者に黙ったままで」
扉に手をかけようとしたところで背中にエドワードの言葉が投げかけられた。
「この国の上層部が腐っていることはお前もよく知っているはずだ。それでも婚約者に黙ったまま宰相になるのか? 一人ですべて背負って。お前は優しすぎる」
アシュフォードが黙っているとエドワードはそのまま続けた。声を張っているわけではないが、家具がほとんどない空間ではよく響く。
「それは、殿下が流してきた書類で分かっています」
混ぜ込まれていたエドワードがやるべき公務の書類。あの書類だけで見ても気づかない。アシュフォードの知識やその他の情報をもとにしないと分からない。だからエレーナも気づかない。税金が大して国民のために使われていない、そしてそれが一部の人間の懐を潤していることに。
「それでも中枢に残るのか」
「私はブロンシェと笑っている未来を作りたいんですよ。子供達のためにも。だから、まだ逃げたくないんです」
アシュフォードは少しだけ振り返る。エドワードは珍しく苦し気な表情だ。
「死ぬかもしれないぞ」
「分かっています」
「そうか」
エドワードもさすがに王子である。苦し気な表情をすぐに消した。そして落胆を声にものせず、もう顔にも出さない。
「もし……もし、お前がヘマをして今回の件が婚約者にバレたら。その時は俺が言い訳してやる。二発くらいなら殴られてやろう」
「ありがとうございます」
アシュフォードは嬉しそうに口角を上げた。
「いつでも堕ちてこい。アシュフォード」
最後の言葉は聞こえていたが返事をせずにアシュフォードは扉を閉めた。