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本編完結が近づいてきております~。
暗くて寒々しい廊下を歩く。
アシュフォードは一人でここに来ていた。
人の気配がなく、コツコツという自分の靴音だけが空間に反響する。掃除が行き届いていない部分があるのか若干埃っぽい。
やがて明かりが漏れる部屋にたどり着いた。
「随分ぬるい方法だったじゃないか、アシュフォード」
「あなたもぬるいやり方だったではないですか。合わせたんですよ」
そこに広がっていたのは、先ほどまでの寒々しい廊下とは違う水色。
「仕方ないだろう。税金を無駄に使うわけにもいかないし、婚約破棄を叫んで女性を貶めるわけにもいかない。やりすぎると幽閉されて日の目を見れなくなるしな。婚約者費用を他に使ったように見せかけたり、成績を落としたり、男爵令嬢を侍らしたりしたのに、なかなかあの国王がチンタラして決断しないからな。まさか父親があんなに優柔不断だとは思わなかった」
良く晴れた青空のような水色のペンキを壁に塗りながら、第一王子エドワードは言う。長時間ペンキ塗りをしているらしく、彼の手や顔はペンキで汚れていた。
とても王子には見えないが、王宮や学園で見たどの瞬間よりも彼は楽しそうだ。
「それだけあなたのことが可愛いのでしょう。国王も王妃も」
「可愛いねぇ」
不本意そうにエドワードは鼻を鳴らす。
「金関連でダメならやはり女性関係で効果があったな。メアリ・ハーパーが決め手だったとも言える。彼女はダフ侯爵令嬢がなんとか嫁ぎ先を見つけるんだろう?」
「ええ。辺境の親戚を紹介するそうですよ」
「あの令嬢は素直だからなぁ。辺境でのびのびするのがいいだろう。俺の側にいた影響が少なくて良かった」
「彼女からするとあなたはイイ肉を奢ってくれるイイ人だそうですよ」
「はは。確かにいい食いっぷりだったな」
「学園にはもう来られないのですか? 国王も学園に行くなとまでは言わなかったでしょう」
「すべきことは終わった。ちゃんと計画通りに王太子にならず、この僻地に追放のような処分になったんだ。万が一、ボロが出てバレる前に与えられた領地に引っ込んでおいた方がいいだろう。それにこの城はリフォームのしがいがある。ペンキ塗りは意外と楽しい」
ノックの後にメイドが入ってくる。エドワードは温めたタオルを受け取って、顔や手を拭いた。
「まぁ、立ち話もなんだ。茶でも飲んでいけ。高級な茶ではないがな」
「ありがとうございます。カミラ嬢もお久しぶりです」
「はい。お口に合うか分かりませんがお茶をどうぞ」
メイド服を着たカミラは学園にいた時のようなアホ丸出しの喋り方はしていない。しかもメイクを相当変えているようでパッと見てもカミラだとは分からないだろう。彼女は上品な仕草で紅茶をサーブする。
「カミラ嬢は今後どうされるので?」
「こいつは元々女優志望だからな。他国に行かせるさ。オルグランデ王国なんてどうだ? 発音も近いし、文法もそこまで難しくないだろう」
「商会の馬車に乗って行けるよう手配できますよ」
「まぁ。殿下はそんなにすぐ私を追い出したいのですか?」
冗談ぽくカミラはコロコロと笑う。
「あまり早く追い出すのも良くないから、計画通り半年から1年後くらいにな。言葉の勉強もいるだろう」
「ふふっ。でも、私が出て行ったら殿下は惚れた男爵令嬢にも捨てられた王子になってしまいますよ?」
「元からそういう話だったじゃないか。お前だって願望通り男爵家から出られたんだ。俺を利用できるだけ利用してあとは好きに生きるといい」
「じゃあ出て行くまでに殿下にお料理を教えて差し上げます」
「料理だけはなぁ。料理本を読んでもさっぱりわからん。なんだ、あの『塩を少々』の『少々』って。どのくらいなんだ? あと切り方が全く分からん。全部みじん切りでいいか?」
「あら~。時間がかかりそうですね。お茶が冷めてしまいますので、この話は後にしましょう?」
カミラは口に手を当てて笑うと、頭を下げて部屋を出て行く。
アシュフォードはその背中を見送ってから紅茶に口をつけた。
「カミラ嬢は別人ですね」
「女優志望だからな。楽しんでたぞ、頭の軽いヒロイン気質の令嬢役を。カミラを見ていたらメアリ・ハーパーの演技なんぞ、見え見えでお子ちゃまだな」
「あれはあれで自分に酔っているようでしたが……」
「あぁ、確かにな」
一瞬だけエドワードとアシュフォードの間に沈黙がおりる。
「お前、今日は婚約者と一緒ではないんだな。珍しい。よもや今回の件を言っていないのか? あれだけベタベタと一緒にいるんだ。そんなことはないだろう? あぁ、ひょっとしてこの城が汚そうだから連れてこなかったのか? それなら悪かったな」
エドワードの問いにアシュフォードは薄く笑った。