41
いつもお読みいただきありがとうございます!
「やっとゆっくりできたな」
「本当に休暇のために来たんですね」
昼間は暑いのでまだ涼しい午前中に宿の近くの浜辺を散策する。
「当たり前だ。昨日のはオマケだ」
「王子殿下をオマケ扱い……」
当然の様に手を繋いで歩きながら、たまに足を海につけたり貝殻を拾ったりして砂浜に並んで腰を下ろした。
「こんなにゆっくりできたのは久しぶりだ」
波が寄せたり引いたりする音を聞きながら、アシュフォード様は砂浜にゆっくり横になった。座ったままの私はアシュフォード様の上下する喉ぼとけをぼんやり眺める。
確かに最近は忙しかった。
「アシュフォード様は良い宰相になるために生きてるんですか?」
「ん?」
「昨日フロスト王子に『何のために生きているのか』みたいなお話をしていたので。気になったんです」
「あぁ、あれか。良い宰相になるためと考えている時期もあったな。6歳くらいまでだが」
これだから頭の良い人って……。なんで6歳でそんなこと考えるんだ。私、6歳っていったら遊んでいた記憶しかない。
「勉強している時に考えたんだ。果たして仕事のためだけに生きているのが幸せなのかと。仕事やそのための勉強は単なる手段に過ぎないんだと」
うーん、頭いい人ってほんと何考えてるか分かんないな。
「だから今はブロンシェと一緒に過ごすために生きている。良い宰相になるのは特に考えていない。なんなら他国に行ってもいいしな、この国はイマイチだが」
「えぇっと……アシュフォード様はそれでいいんですか?」
「いいと思っている。父のように仕事に生きていたら、寂しそうな母は不幸にしか見えなかったからな。そんな親を見て育った私も不幸だった。勉強している時だけは褒められたから寝食を忘れて勉強していたら倒れるしな」
あー、私達の出会いもそれに関係してますからね。お茶会の最中に本を読んでたアシュフォード様に近付いたら突然倒れたから、かなりびびりました。お茶会に飽きてふらふらしてた私も大概ですけど。
「お茶会で倒れてブロンシェに非常に心配されてやっと人間に戻った気がしたな。家では倒れても『またか』で済まされていた。それからはブロンシェと生きていくために勉強しているし、あのアホ殿下も殺さずになんとかしている。幸せな親を見れば子供も幸せだ。だから幸せな家族や家庭を作れば結果的にいい国になるはずだ。好きな人と好きなことをして一緒に生きていけるほど幸せなことはないだろう」
アシュフォード様は真顔で言いながら、私の手を引いた。二人で砂浜に寝転がる。顔が赤くなっていたから助かった。
「空が綺麗ですね」
「あぁ、久しぶりに空を見た気がする」
「こんな時間を持てるのが幸せですね」
「あぁ」
雲がゆっくり流れていく。二人でぼんやり景色を眺めて話しているだけだが、こんな何ともない時間が幸せだ。
「今日は何しますか?」
「とりあえずオレンジジュースを飲むか。ブロンシェは何がしたい?」
「そうですねぇ。昼間は暑くなるので……あ、でも宿にサーカスの案内がありました。あれが気になります」
「じゃあ行ってみるか」
残念ながらゆっくりできたのはこの日の夜までだった。