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伯爵邸の3倍は大きいハウザー公爵邸。
ハウザー公爵邸とはアシュフォード様の住まうお屋敷だ。
アシュフォード・ハウザー。私には身分でも見た目でも中身でも過ぎた婚約者様のお名前だ。
婚約者として普段招待を受けた時は、庭師が丹精込めて世話をした庭園を眺めつつゆっくり紅茶を楽しむ。
しかし、今は……
助けを求める様に周囲を見回しても、給仕で何人もいる侍女や気配を消して壁際に立つ執事、護衛と目が合うことはない。なぜか寸前で目が合わないように逸らされている気がする。使用人たちはこの状況を全く気にせず、自分たちの仕事に集中している。
さすが公爵家の使用人たちは熟練度が違う。
「えっと……アシュフォード様……この状況は一体……」
「ああ。重かったか?」
「いえ、重くはありません」
「ならいい」
いや良くない。
なぜ私がアシュフォード様を膝枕した状態でハウザー公爵邸の高級ソファの上に座っているのかが問題なのだ。
馬車では膝の上に抱っこされていたので恥ずかしさのあまり下りるときはフラフラ状態だった私をさりげなくエスコートし、客間のソファに座らせると、アシュフォード様は自分の頭を私の膝の上におもむろに置いて寝転んだのだ。
いつも見上げることしかないアシュフォード様の顔が下にある。見上げても見下ろしてもアシュフォード様の美貌は変わらないが。
はっ、私、鼻毛とか出てないかしら。今更心配になってきました。朝は出てなかったと思うけど。早くどいてもらいましょう。
「この状況はちょっと……」
「婚約者同士なのだから問題ないだろう」
「もう遅いのでそろそろ帰りませんと……」
「そうか? 伯爵家の護衛と侍女のメリルは遅くなっても構わないと言っていたぞ。別室で菓子と茶を出してくつろいでもらっている」
どうやら高級菓子と紅茶で護衛と侍女は買収されたようだ。菓子を前にはしゃいでいるメリルが目に浮かぶ。いいのか、伯爵家の使用人がそれで。
「婚約者同士と言っても……過度なスキンシップははしたないと周りに言われてしまいますわ。あまり遅く帰ると良くないウワサが立ちますし」
「今は誰もいないからいいだろう。それにウワサを流されたら卒業を待たずに結婚すればいい」
なぜそうなる……。結婚まで話が飛躍してしまったことに思わずこめかみを押さえる。
「嫌なのか?」
「え?」
「私との結婚が嫌なのか?」
「いえ、そんなことはないです。最近スキンシップが多いのが恥ずかしいということが言いたかったのです」
「そうか……」
アシュフォード様は形の良い眉を少し寄せると、おもむろに私の手を取って握りました。これは、恋人繋ぎというものですね。
「あの愚か者に感化されたわけではないが……ブロンシェとは今までエスコートや手を繋いだことしかなかったからな。あそこまであからさまにする必要もないが、もう少し触れあいを増やしてもいいかと考えたんだ。事実、ブロンシェと触れ合っていると落ち着くし、抱きしめたり体温を感じた日はよく眠れる」
膝枕で困惑してやっと引いた顔の熱がまた一気に戻ってきました。
「た、たしかに、殿下とカミラ嬢はよく一緒に密着していらっしゃいますけど……あれはカミラ嬢が勝手に密着しているだけですから……ひゃあ!」
アシュフォード様が寝転んだ状態のまま私の腰に手を回してきたので、思わず変な声が出ました。アシュフォード様のお顔が私のお腹にくっついています。
「ブロンシェは柔らかいな」
ぎゃー! それは太ってるってことですか!? 確かに最近ウエスト周りは気にしてますけど!
「は、離してください!」
「嫌だ」
「恥ずかしいので!! わっ! ちょっ! くすぐらないで! きゃあ!」
アシュフォード様の手がさわさわと私の腰を撫で始め、あまりのくすぐったさに身を捩る。でも片手でしっかり腰を固定されているので逃げられない。
「アシュ……ひゃあ! くすぐった! あはは! やめて!」
くすぐりから逃げようとしていたらいつのまにか私がソファに横たわっていて、アシュフォード様が私にのしかかるような体勢になっていました。
「あの……失礼しました……」
高級ソファの上で私はなんてことを! 傷んでないよね!?
アシュフォード様の青い瞳に射抜くように見据えられ身動きできない。
固まっている私を見てアシュフォード様は柔らかく微笑むと、そっと近づいてきた。
アシュフォード様の瞳の青が今まで見たことがないくらい近くなる。彼の束ねられている筈の銀色の髪はいつの間にかほどいてあり、視界を覆うように私の顔の横に垂れてきた。
「綺麗……」
おもわず漏れた私の呟きにアシュフォード様はくっと笑うと、唇に柔らかいものが触れた。
ぽかんとしているともう一度アシュフォード様が近づいてきて、唇同士が触れてすぐに離れた。
これがどういう行為か思い当たって目を見開く。その様子をアシュフォード様は愛おしいものでも見る様に見てまた近づいてきた。私は思わずさっきまで開けっぱなしだった目を瞑る。
しかし、いくら待っても次の熱は降ってこなかった。