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中は普通の酒場だ。いや、外も普通の酒場だったのだが。
ただ、周囲の建物の中で明らかにこの酒場だけ浮いている。向かいはいかにも怪しそうな薬を売っている薬屋、斜め向かいには明らかに普通ではない様相の男たちがたむろしている。さらにお隣は娼館のようだ。
異常な中の普通はさらに異常である。
そんなことを考えつつ、テーブルの間をぬって手を繋いで歩く。アシュフォード様の体温は私より低いのでひんやりした温度が手から伝わってくる。
縦長の作りのようでやたら広い店内を歩き、トイレの隣の「物置」とプレートのある扉でアシュフォード様は立ち止まり、ノックをする。
ガチャリと扉が少し開いて隙間ができた。アシュフォード様は素早く隙間に紙幣をねじ込む。
スパイ小説みたいだなぁと呑気に思っていると、「入れ」と大きく扉が開いた。
足を踏み入れたら斬られるのかしらという雰囲気だ。いくら公爵家の密偵さんたちが姿を隠して護衛してくれていると知っていても普通に怖い。
大柄な男性が先導する廊下はさきほどの酒場と異なって豪華な造りだ。絶対に物置ではない。燭台一つ見ても扉に入るまでとは違う。
「兄貴はここだ」
「あぁ、ありがとう」
アシュフォード様は普通にお礼を言ってるけど、兄貴とは?
先導してくれていた男が一番奥の扉の前で止まる。こういうのってもっと顎でしゃくられるのかと思ってたけど、ちゃんと案内してもらえるのね。
男が重厚な扉をノックする。不規則なノック音だから入室の際の取り決めがあるんだろうなぁ。
「入れ」
中から先導の男性よりも若い男の声がする。
私の緊張に構いなどなく、扉が開いた。ちょっと手汗が心配になる。
中にいたのは六人の男たちだ。テーブルにはトランプが散らばっている。ほぼ全員ガタイが良く日に焼けていて……怖い。
ただその中の一人だけ、細身で気怠そうな雰囲気の男性がいた。
「フロスト殿に用がある」
アシュフォード様は緊張などしていないようだ。五人の男たちがアシュフォード様とついでに私を値踏みするように見てくる。怖いですよ。冷や汗ものですよ。
「俺がフロストだ。なぁ、あんた、あいさつ代わりにゲームをしよう」
気怠そうな男性が手を上げると、他の男性たちはささっとアシュフォード様に席を譲った。
兄貴=ボスってことかしら?
「アシュフォードだ」
「じゃあ、アッシュだな。ポーカーのルールは知っているな」
「あぁ」
ポーカーかぁ、アシュフォード様強いんだよなぁ。なんたって……。
ん? それにしてもこの人、フロスト? フロスト王子?
いやいや、王子がこんなところにいないでしょ。それに全然白豚じゃない。
なんなら他の方々に比べるとガリガリな方では?
「お嬢ちゃん」
テーブルを譲った強面軍団のお一人が話しかけてくる。
「はい?」
「オレンジジュースでも飲むか?」
「あ、はい。ありがとうございます?」
オレンジジュースって言いながらお酒出されるんでしょうか。もしかして変な薬とか入ってるんでしょうか。出されたものはピッチャーから普通に注いでくれたものだった。特にこれまで怪しい動きはなかったし、香りも特に変でない。
アシュフォード様のポーカーの様子を眺めながら、口を付ける。私も毒にはかなり慣らしているので強面軍団が凝視していてもおそらく問題ないだろう。
「んん? これは……」
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