34(ジゼル視点)
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「ねぇ、ブランドン」
「ん?」
「ブロンシェと腹黒、じゃなかった、アシュフォードは子供の頃から婚約してたわよね? なんでそもそもあの二人婚約したのかしら」
本日、ブランドンはダフ侯爵家の庭で木剣の素振りをしている。見事な薔薇をバックにして花には目もくれない。うちの庭師が泣きそう。でも、ジゼルは顔には出さないもののブランドンとの時間に喜んでいた。
いつもはダフ侯爵が一緒に稽古するのだが、二週間の稽古禁止を夫人から言い渡されている。これはジゼルの言い分を父としてしっかり信じなかった罰にも見える。しかし、おそらくは夫人の言葉も軽んじてしまった罰という部分が大きいだろう。夫人は再三、侯爵にジゼルの言い分を少しは信じて裏を取るように言っていたのだから。
「アッシュとブーちゃんはねぇ、何歳だっけ。6歳くらいですでに婚約してたね」
「ちょっと待って。ブーちゃんって何!?」
ピタリと空中で止まる木剣の綺麗な動きに目を奪われていると、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「だってアッシュがさぁ、ブロンシェ嬢とかブロンシェって呼んだら怒るんだよ。ひどくない? シャイス嬢って呼ぶのもよそよそしいから、なるべくアッシュの前で名前は呼ばないようにしてたんだよ~。で、ブーちゃんなら可愛いからいいかなと思ってこっそり呼んでる」
いや、可愛くない。ジゼルにとっては軽い嫌がらせなのではと疑うレベルである。それにしても他の男が名前を呼ぶのも許さないのか……あの腹黒は。ただ、他の女性がブランドンに親し気に呼びかけるのを想像して胸に靄が広がったので「あの腹黒は小さい男ね」と口に出すのはやめた。
ただ、ブロンシェがブーちゃんならジゼルはジーちゃんと呼ばれる可能性がある。そんなお爺ちゃんや黒光りのアレを連想させるあだ名なんて、ジゼルは勘弁である。
「婚約したての頃のブーちゃんは今よりもぽっちゃり気味で可愛かったんだよね。今はクールビューティーみたいになっちゃってるけど」
「女性にブーちゃんはちょっとね……センスが……」
ブロンシェがクールビューティーかどうかは置いといて。あれはもうクールというより腹黒に似てきただけだと思う。
「え? ダメかな? またアッシュにバレたら怒られちゃうかな?」
瞬く間にシュンとするブランドン。ブーちゃんと呼ぶセンスが悪いはずなのに。くっ、こちらが罪悪感を抱くレベルの可愛さだ。
遠くで庭の手入れをしていた庭師が何か合図をする。
上を示しているその合図にふと二階に目をやると、オペラグラスを持った母と目が合った。
お母様、どうしてその距離でオペラグラスを持っているの? 肉眼で見えるのでは?
「あ、で、でもブランドンも略したらブーちゃんだものね! ブーちゃんって可愛いわよね!」
昨日母からブランドンとケンカしないように言われたことを思い出し、慌てて言い訳をする。
まだ婚約してちょっとの日数しか経っていないのだ。ジゼルだって婚約したらこういう感じかな?という憧れや理想がある。つまり、キャッキャウフフの甘い雰囲気を堪能したいのだ。ケンカしてその理想から遠ざかりたくない。
「だよね、良かったぁ! アッシュが駄々こねてブーちゃんとの婚約を押し切ったんだよね。アッシュってさぁ、子供の頃から今みたいに頭良かったから『バカとは喋らない』って公言してたんだよね。子供のお茶会でも一人離れて本読んでた」
「ハッキリ言ってしまうとクソガキよね」
「でもアッシュが頭いいのはほんとのことだからさ~」
小さい頃に神童ともてはやされても年齢が二桁になる頃には凡人になっている場合も多い。そんな中、あの腹黒は悔しいことに本当に頭がいい。
「あるお茶会でブーちゃんに会って、そこからすぐに婚約成立してたよ。俺は肝心な場面は見てないんだ」
「一目ぼれってことかしら?」
「あはは。アッシュは一目ぼれなんてしないよ。ブーちゃんの内面に惚れたんだと思うよ」
それもそうかとジゼルは心の中で納得する。あの腹黒が外見だけで惚れるわけなかった。
腹黒とブーちゃんことブロンシェの詳しい出会いはブロンシェに聞くしかないようだ。
「よし。これで終わり!」
ブランドンの素振りは終わったようだ。ゴソゴソとシャツを脱ぎ始める。
「ちょ!」
「ん?」
ジゼルが止める前にブランドンは上を脱ぎ終わってしまった。つまり、上半身裸である。
「きゃあああ!」
目を覆うジゼル。
「え、どうかした?」
こっそり見てしまうのと、目の前でガッツリ目にするのは乙女にとって恥じらいが違うのである。
脱いだまま、目に何か入ったのかと純粋に心配して近づくブランドンと恥ずかしさに慌てて逃げるジゼル。
庭での追いかけっこは見兼ねた庭師が止めるまで続いた。
「まぁ、ジゼルったら。六個とか少なく言っちゃって。一、二、三……八個に割れてるじゃないの。ちゃんと見てないのね、ガーディアンクラブに行ってるのに初心なんだから。それにしてもブランドンくん、良い腹筋ねぇ。いや、それよりも鎖骨のラインが綺麗よねぇ」
オペラグラスを手にした侯爵夫人は満足げに呟く。血は争えない。