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「失礼します。スコット・リトルと申します。か、彼女がいじめられているのでご相談させていただきたくて……」
この状況で女子生徒はうつむいたまま喋らない。さっきから男子生徒のみが緊張で震える声で喋る。誰だってアシュフォード様を前にしたら緊張するよね。
うわ、アシュフォード様は面倒と判断したのだろう。部屋の温度がちょっと下がった。リトルっていうと子爵家だったかしら。うちと取引はないけど、私達と同じ学年に彼のお兄様がいらっしゃるわね。
「それがどうかしたのか? 婚約者なら君が守ればいいだろう」
アシュフォード様はあくまで冷たい。いや、これがいつも通りか。
「彼女は同級生で婚約者ではありません」
「じゃあ肩を抱くな。どこの世界に同級生の肩を抱く奴がいるんだ。お互いの婚約者に失礼だろう」
「ケッ」という効果音がつくように吐き捨てられ、男子生徒は慌てて手をのけた。その様子で歩いてきたなら放課後といっても目撃者はいると思うので、今更手をどけたところで手遅れですけどね。
「話がズレたな。で、いじめとは? いじめなら生徒会と教師に言うべきだろうが、言いにくいようなら話は通しておいてやる。面倒だがな」
面倒ってつけちゃったよ、この人。ジゼル様は婚約者でもない女子生徒の肩を抱いていた男子生徒を、エドエド殿下に対するのと同じ目で見ている。つまり視線がすでにかなり冷たい。
「お茶会に呼ばれなかったり、このように教科書を破かれたりといったことです」
「いやそもそも。なぜお前がずっと喋っている? まず、そこの女子生徒が名乗って説明するのが筋だろう」
アシュフォード様、説明させる気ないですよね。話をぶった切ってるし。後輩たちにトラウマを植え付ける気だろうか。
「彼女はメアリ・ハーパーです。破かれた教科書を見てショックを受けているのです」
ハーパーっていうとハーパー男爵家かな。確か借金がけっこうあるってウワサの。
「茶会はどうでもいいが。教科書は取られて破かれたのか?」
「登校したら破れた教科書が机の上に置かれていたそうです」
「それまで教科書はどこに? 保管場所の鍵付きロッカーが壊されていたのか?」
「あ、いえ。ロッカーに被害はありませんでした」
「じゃあ鍵を分からないように開けて一冊だけ教科書を抜き取って破いたのか? それはまぁ手の込んだことだな」
男子生徒はやっと黙った。女子生徒は喋らないものの、男子生徒の腕を引いて首を横に振る。小声だが「大事にしたくないし、もういい。帰ろう」と言っている。
「それともまさか教科書を放置して帰ったわけではないだろうな? 使わない時は鍵付きロッカーに保管、それ以外は教科書を自習のために持って帰るだろう。私のように全て暗記している者は持って帰らないだろうが。ブロンシェ、破かれたという教科書を見てくれ」
アシュフォード様に言われたのでポケットから手袋を取り出し、はめてから教科書を受け取る。なんかハーパーさん、教科書を渡したくなさそうだったけど気のせいかな?
それに、さりげなく教科書の中身は全部暗記してるとか言っちゃってるよぅ。まぁアシュフォード様の頭なら学園に通う必要はそもそもないんだけど。
「あの……なぜ手袋を?」
男子生徒のリトルくんは不思議そうな顔をする。あぁ、この子は平和な環境で育ったんだなぁとしみじみ思う。
「ブロンシェは私の婚約者だ。私もブロンシェもよく嫌がらせは受ける。今まで渡された本などに危険な薬物や毒物が塗られていることはしょっちゅうあった。信用できない者から渡される物品に関しては必ず対策をとる」
「私はお茶会で紅茶かけられたり、ドレス破かれたり、足踏まれたり、ゲテモノ食べさせられそうになったりする位だけど、ハウザー公爵家ともなると命を狙われるのね」
「だいぶ掃除が済んだから最近はないがな」
ジゼル様とアシュフォード様の会話に二人の生徒は顔を青くしている。私は教科書をマジマジと確認した。
「破かれたというより刃物で切られていますね。ページが抜けている部分はありません。綺麗に教科書が2分割にされているので持って帰りやすそうですね。この歴史の教科書は重いですから」
リトルくんは確認していなかったのか「え?」という顔をしている。いやいや確認しろよ、このくらい。
「重いから筋トレにいいよ?」
ブランドン様のズレたツッコミはジゼル様に対処してもらおう。ブランドン様は辞書を左右に持ち替えながらスクワットをしている。元気なことだ。
「で、相手に心当たりはあるのか?」
「それは……メアリ?」
「あ、あの……教科書を机の上に置いていた私の責任でもあるので! 失礼しました!」
「え?」
ハーパーさんは勢いよく頭を下げると、リトルくんを置いて走り去ってしまう。
「あれは恐らく相談女だ。騙されかけたな」