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しばらくゲホゴホ以外の音はしなかった。
ジゼル様がやっと咽せなくなると、侯爵夫人はため息をついた。
「あのね、ジゼル。せっかくお友達が全力で庇ってくれているのにあなたがそれじゃあダメでしょう」
「たまたま変な所に紅茶が入っただけですわ」
ジゼル様は気丈に振舞う。咽せすぎて若干涙目だ。
「以前も咽せておられましたが……大丈夫ですか?」
私もそんなジゼル様を頑張ってフォローする。
「嚥下に問題があるんじゃないか?」
アシュフォード様、その言い方はちょっと……。年寄りだって言ってるみたいに聞こえますよ……。案の定、ジゼル様はアシュフォード様を睨んでいる。
「すでに調べはついているのよ」
侯爵夫人は嚥下云々を完全にスルーしてきた。
これはヤバい。鎌かけにしてもヤバい。明らかに何らかの証拠を握られている気がする。おかしい……どこから漏れたのか……。
うちのお母様とお父様ではない。あの二人は知らない。
エリカも違う。エリカの口は堅いのだ。ガーディアンクラブで財布の紐が緩いだけで。あ、私、今うまいこと心の中で言いましたね。
「カーディガンクラブ? すっごいカーディガンが飾ってある?」
緊迫した空気を破ったのはブランドン様の独り言だ。すっごいカーディガンってどういうこと……。私の頭の中にはなぜか勲章がたくさん付けられているカーディガンが思い浮かんでいた。
「ふふふ」
さっきまでの緊迫した空気が一気に弛緩する。侯爵夫人が声を上げて笑っているのだ。
「まさかこんなに庇ってくれるなんて。ジゼルは良い友達を持ったわね」
すみません、侯爵夫人。
感動に水を差すようですが、若干一名は全くジゼル様を庇っていません。素です。ブランドン様は素でこんなです。
「お母様、カーディガンクラブって言っただけで良い友達っていうのはどういうことなの」
「はぁ。それよりもジゼル。あなたバレたくないなら机の上にストラップを出しちゃダメでしょ。詰めが甘いわよ」
「ストラップって何のことなの? 私がペンケースに付けているものかしら」
「今更誤魔化してもダメよ。あなた、嘘をつくときに右肩に力が入るのよ」
ジゼル様と侯爵夫人のやりとりを聞きながらブランドン様は首をかしげている。女性がやるとあざといはずのその動作は彼がやると可愛い。天然には勝てない。
私も全力で困惑顔を作ってアシュフォード様を見遣る。アシュフォード様はそっと頷くと私の手を握ってきた。いや、そうじゃなくて……どうするの、この状況。
「まぁでも良かったわ。あなたファザコンなのね。アニス推しでしょう」
「なぁっ!」
ジゼル様はとうとう隠せなくなってしまったようだ。
アニスというのはジゼル様のカーディガンじゃなかった、ガーディアンクラブでの推しのお名前だ。私はアニスさんにお会いしたことはないが、ジゼル様が熱く語るのでなんだか三回くらい会った気分だ。
ここまでバレているなら尾行か監視されていたのか……それとも……。
「侯爵夫人はガーディアンクラブ設立時の出資者だからな」
アシュフォード様がこともなげに言う。私その情報、初耳です。
「えぇ、よく分かったわね。だから支配人からジゼルの様子は聞いているわよ」
「な……あんた……知っててわざと!?」
ジゼル様が裏切り者を見る目で私たちを見る。私は必死で首を横に振る。出資者だなんて知らなかったもの。
「わざと黙っていたとか、わざと庇っていたなんてことはない。夫人がガーディアンクラブの出資者だと知ったのはつい最近調べて分かったんだ。ちょっと調べたら分かることだ。ただ、それと支配人から夫人に話が筒抜けなのは別問題だ」
「ちょっと調べれば分かるというのは嘘ね。かなり調べないと分からない筈よ。ジゼル、あなたの演技が下手なのが一番の問題でしょう。コソコソ怪しい真似をしているから私が探る羽目になったのよ。コソコソするくらいならきちんとバレないようにクラブに通いなさいな。ちなみに、シャイス伯爵令嬢のお家に泊まるとっくに前からクラブに通っていたことは知っています」
さすが侯爵夫人。ジゼル様のクラブ通いを知りつつ、泳がせていた訳か。
ただ問題なのはなぜ夫人がこの場でジゼル様のクラブ通いを知っていることを暴露したのか、だ。
「侯爵夫人。もう十分なはずです。私たちを試したかったのでしょう?」
アシュフォード様が落ち着き払って言う。
なんなのだ、この「私何でも分かっています」みたいな名探偵オーラは。頭良い人羨ましい。
「あら、さすがね」
侯爵夫人も、あなたは分かっていて当たり前よねという様に落ち着き払って笑う。
「さすがに過保護だと思いますよ。いくらジゼル嬢が侯爵家の跡取り娘で変な輩に近付いてきて欲しくないといっても。ジゼル嬢はもうご自分で判断できるはずです」
「そうねぇ。欲を言えばあなたのように頭のキレる人に婿入りして欲しいわ。だって、ジゼルって気は強いのに机の上にストラップ出しっぱなしにしたり、鎌かけで咽せたりするほど大事なところでちょっと抜けてるのよ」
ジゼル様、机の上にストラップ出しっぱなしはいけませんよ。クラブのことを隠す気0%ですか。というかアシュフォード様、侯爵夫人とほとんど対等にしゃべってますね、さすが。
「あなたとジゼルは合いそうにはないものね。それに素敵な婚約者のご令嬢もいらっしゃるし、ないものねだりはやめましょう。ねぇ、あなたはジゼルについてどう思う?」
侯爵夫人は唐突にブランドン様に話を振る。
え、私、今さらっと褒められた? いや、社交辞令? というかここでブランドン様に振る?