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「カミラ、どうした?」
「あ!エドワード!」
私を抱き寄せてぐいぐいと密着してくるアシュフォード様から距離を取ろうとわちゃわちゃしていると新たな人物が登場しました。
「アシュフォード様が酷いの!」
ああ、そういえばこの方はカミラというお名前でしたね。
「どういうことだ、アシュフォード」
アシュフォード様を訝しげに見遣るのは、最近婚約者ではなくカミラという男爵令嬢を侍らせていることで有名なこの国の第1王子であるエドワード殿下です。
第1王子と言ってもまだ王太子ではありません。ここ重要ですね。
「そちらが私と婚約者の時間を邪魔してきましたので」
アシュフォード様は冷たい声で答えながらさらに私を抱き寄せる。これって婚約者でも不適切な距離では?
現実逃避気味にギャラリーに目線を向けると、あら……婚約者のいる方はいつもより皆さま、お互いの距離が近いようです。
カミラ嬢もエドワード殿下の腕にすがりついて何か喚いていらっしゃいます。高い声なので耳がキンキンして聞き取れませんが、十中八九、アシュフォード様の悪口でしょう。
「アシュフォード、お前は授業以外のほとんどの時間をそこの婚約者と一緒にいるんだから少しくらいいいだろう?」
うーん、これは事実ですね。いえ、それより、そこの婚約者呼ばわりはやめていただけません?
「私は殿下と違って彼女以外に目は向けませんので」
おおぅ、アシュフォード様。殿下が婚約者をないがしろにしていることを皮肉っていらっしゃいますね。皆思っていても言わないことをアシュフォード様がハッキリと口にしました。
ギャラリーの中には音をたてないように小さく拍手をしている令息方もいらっしゃいます。彼らは将来有望かもしれません。
「ところで殿下、財務大臣から書類を預かっています。不備があったと」
アシュフォード様は冷たい声のまま胸元のポケットから何枚かの書類を取り出しました。
学園に通いながらお父様である宰相様の補佐をしていらっしゃるんですよね。
アシュフォード様の書類を持つ長い指をぼんやりと見ていると、額に温かいものが降ってきました。
ギャラリーからキャーという黄色い悲鳴が聞こえます。どうやら……アシュフォード様が私の額にキスを落としたようです。なんだか最近スキンシップが激しくなってきているのですが、お父様に報告した方がいいでしょうか?
「婚約者費用を使用する申請書ですね。陛下の誕生パーティーの際のドレスについてですが」
そんなことを考えている私から少し離れて、アシュフォード様は殿下の顔の前に書類を突き付けます。
「あぁ。何か抜けがあったのか?」
「いえ、財務大臣も不思議がっていましたが、エレーナ嬢はいつからこんなにお痩せに?」
「どういうことだ?」
「いえいえ、エレーナ嬢が着るドレスでしたらこんなにサイズが小さいわけはないのです。おもに上半身が。ですからいつからこんなにお痩せになられたのかと」
アシュフォード様は書類をぴらぴらと振ります。
私は思わず、カミラ嬢の胸元に視線をやってしまいました。確かに……殿下の幼いころからの婚約者であるエレーナ様は大変羨ましい胸をお持ちです。カミラ嬢はそれに比べると……という感じですね。さすがに私もエレーナ様ほどないので人のことは言えませんわ。
「あの書類、スリーサイズが書いてあるぞ……」
「婚約者費用の申請ってそんなことまで書くの!?」
ギャラリーの中から視力が特に良い方が声をあげ、令嬢達の悲鳴が続きます。
何名かは後ろを振り返っています。あら、エレーナ様がギャラリーの後方にいらっしゃいました。いつのまに。
しかし、エレーナ様の友人たちが令息達の不躾な視線からがっちりエレーナ様をガードしています。
「拝見したところ、これはどうやらエレーナ嬢のために仕立てるドレスではないようですね。それかデザイナーがサイズを派手に間違えておられるのでしょう、殿下。これが不備でございます。サイズ間違いなら無駄なお金を支払うことになりますし、万が一、婚約者以外の方にドレスを仕立てるようなことがありましたら婚約者費用ではなく、殿下の個人資産からの支払いになります。婚約者費用を使いますと横領になりますので」
アシュフォード様は何も言えない殿下の手を取って無理矢理、書類を握らせました。
「きっとデザイナーが間違えたのでしょうね。おや、しかし……サインしてあるのは有名なデザイナーの方のお名前でしたね。確か数か月待ちなほど人気の。それでしたらデザイナーが間違えた線は薄いですかね」
カミラ嬢には毒舌でしたが、殿下にはねちねちと攻撃するようです。
「ねぇ、数か月待ちのデザイナーっていったら……」
「私も相当前から頼んでいましたけど……なんだか急な依頼が入ったから間に合わないと言われましたわ」
「私もですわ」
周りの令嬢たちがひそひそと会話を始めます。
どうやら殿下は人気デザイナーにドレスの仕立てをねじ込んだ疑いがでてきましたね。
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