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「ねぇ、本当に行かないの? 本当に?」
「はい」
「遠慮はいらないのよ? 私かエリカさんの連れとして行けば入れるんだし!」
う~ん、遠慮はしてないんですけどね……。ガーディアンクラブに行ってもいいのですが、私はそこまで興味はないですし……そんな私が行くのは熱狂的な他の方々に失礼な気がします。
それに私の今の体勢をすべて無視して会話を進めるのはジゼル様、なかなか大物ですよね。
ソファに座り私を膝に乗せたアシュフォード様が、犬を追い払うようなシッシッの動作をジゼル様に向けてさっきからずっとしているんですが。
「まぁまぁ。お昼はアッシーのおかげでスイーツを個室で堪能できたんだから。ここは譲ってあげましょうよ。来週からエドエドのせいでまた忙しくなるんだし」
やっと準備が終わったエレーナ様がゆったり部屋に入ってくる。髪をピンクに染めて化粧もばっちり。手には装飾が凝った仮面。「どうかしら?」とポーズを取って1回転しているので、ノリノリであるのが見て取れる。
本日はテストが終わって学園の休日。お昼の女子会はジゼル様も入れて3人で行いました。もっぱらエレーナ様とジゼル様が喋ってましたが。アシュフォード様が個室を公爵家の権力で押さえてくれたんです。権力ってイイですよねぇ。
しかし、広いテーブルに所狭しと並べられたケーキや焼き菓子を思い出すだけで胸やけがしますね。
そしてエレーナ様とジゼル様は本日、うちにお泊りです。夜はクラブへGO!で帰ってきたら徹夜でまた女子会ですね。まさかお泊りがこんなに早く実現するとは私もびっくりですが、約束でしたしね。
「じゃあ次回は絶対一緒に行くのよ! 絶対よ!」
ジゼル様はそんなに私を筋肉の世界に引き込みたいのでしょうか……ビシィと指をつきつけてアシュフォード様をキッと睨み、意気揚々とエリカとエレーナ様を連れてガーディアンクラブに出発されました。
「やっと邪魔な奴らがいなくなったな。あいつの今日の香水はきつくて鼻が曲がりそうだ」
私の肩に顔をうずめながらアシュフォード様がため息を吐く。くすぐったい。あと最近距離感がおかしい。ちなみにあいつというのはジゼル様ですね。クラブに行くために気合が入っているのかいつもと違う香水でしたもんね。
「アシュフォード様もそろそろ帰りませんと。日が沈みますよ」
「あの喧しい奴らに昼間はブロンシェを譲ったんだ。もう少しくらいいいだろう。それにあいつらだって夜が更けてから帰るんだ」
「ガーディアンクラブでは帰りに護衛を付けてくれますよ」
「……カスタマーサービスが行き届いているんだな……」
アシュフォード様の手が私の髪を撫でる。
「今日はカフェの個室まで取って頂いてありがとうございます」
今日のお店はアッパークラスがターゲットで、個室の予約は数か月前からでないと取れないはず。
「あんなやかましい2人が個室じゃないところで喋ったら店に迷惑だろう」
「まぁ大半はエドエド殿下の愚痴でしたから聞かれない方がいいですよね。そうそう、ジゼル様はブランドン様といい感じですよ」
「ほぅ?」
アシュフォード様の声が気だるそうなものから面白そうなものに変わる。
「ジゼル様が勉強をさぼらせないためにテスト期間じゃなくても週2くらいで勉強を見ると言ってました」
「勉強を見る」ではなく「調教する」と言ってましたけどね。
「おっとりなブランドン様にはしっかりしたジゼル様がお似合いですね」
「ブロンシェの目に狂いはないな」
「アシュフォード様はお疲れの様ですが、来週からまた忙しくなりますね?」
なんたって来週からはエドエド殿下が学園に戻ってくるのだ。今は嵐の前の静けさといったところでしょうか。
「エレーナ嬢のおかげであのボンクラ殿下の公務をしなくて良くなったから前よりはマシだな。あのビッチの成績は目も当てられないほど悪かったから、教師が山ほど課題を出す予定だ。前のように隙あらばイチャつくことはできないだろう。ボンクラが改心するかビッチの家を潰せば話は早いんだがな」
書類の一部を逆にする地味な嫌がらせが利いたのでしょうか。
アシュフォード様はさらっと物騒なことを言いながら私を膝から降ろしてソファに座らせると、ごろんと横になる。私の膝にしっかり自分の頭を置いて。
それから他愛もない会話をポツポツ続けていると、アシュフォード様は疲れていたのかやがて眠ってしまった。
眠っているアシュフォード様は付いてきていた執事によって回収されました。
テスト後の休日は「今まで何も問題がなかったのでは?」と思えるくらい平和でしたね。
ちなみにその後、ガーディアンクラブを堪能して帰ってきたジゼル様は夜通しクラブの素晴らしさを私に語った。
エレーナ様は夜更かしが苦手らしく早々に眠っていたが、眠る前に「先代の○○(自主規制)公爵夫人が最前列でハンカチをノリノリで振り回してて面白かった」とか「新婚の○○(自主規制)伯爵夫人が誰々のパンツに金貨をチップとしてねじこんでいた」とか言っていた。
エリカからショーの客席は観客同士距離が取ってあるし、暗い上にみんな変装して仮面をつけていると聞いていましたが……エレーナ様は敵に回したくないです。