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あれから毎日、ジゼル様によるブランドン様へのシゴキは行われている。
エレーナ様は時折フラッとやってきて、お菓子を摘まみながら2人の様子を微笑みながら見ている。それはいいのだが、エレーナ様がよく来るからお菓子の減りが早くて困る。
「ふん。これでどうよ?」
勉強を教えているはずなのに髪の毛を振り乱し、息を弾ませながらジゼル様が机にたたきつけたのは明らかに点数が上がってきたブランドン様の答案用紙。ただし、まだテスト前だ。これはアシュフォード様が作った予想問題だ。
「ほぉ……。なかなかやるじゃないか」
アシュフォード様は仕事をする手をとめて採点済の答案にさらりと目を走らせ、魔王のようなセリフを放った。
「ただし語学が壊滅的だな……しかもほとんどがスペルのケアレスミスだ」
「チッ。あいつ、教えても教えてもスペルミスするのよ。間違えたら50回書かせてるのよ!」
ジゼル様から令嬢らしからぬ舌打ちが発せられるがスルーしておこう。勉強内容はけっこうスパルタだ。
アシュフォード様が、隣に座って書類整理をしていた私の手をいつの間にか取って撫でていることも全力でスルーしたい。てか、アシュフォード様、手荒れてますね。絶対、書類のめくりすぎですよね?
「語学は平均ライン狙いでいくか。あとの科目で平均より上を取ればいいだろう。歴史はよくここまで伸ばしたな」
「ふふん。私にかかればあの駄犬も普通の犬くらいにはできるのよ。てか、あいつこんなに語学が出来なかったら出世できないんじゃないの?」
以前は温度が下がるほど冷たい言葉のやり取りをしていたこの2人だが、今の会話は……魔王と四天王の1人の会話といったところだろうか。あら、褒めたつもりだけど褒めてない?
「ほぉ、もうあいつの出世まで考える仲になったのか?」
「なわけないでしょ! 騎士=脳筋だなんてもう古いのよ!」
ジゼル様、さっきから令嬢仮面が完全にはがれていますが大丈夫なんでしょうか。世間体は。
確かにいろいろ勉強もできた方が出世は見込めますし。万が一、怪我で騎士を引退しなければいけなくなっても文官や外交官の補佐になれるかもしれませんからね。もちろん、ガーディアンクラブもありますけど。
「何を誤解している。そこまで仲良くなったのかと聞いているだけだ。勝手にいかがわしい想像したのはそっちだろう。あのビッチに感化されたんじゃないのか?」
「いかがわしい想像なんてしてませんわ! なんて破廉恥な! あのビッチなんかと一緒にされるなんてダフ家の恥ですわ!」
あら、なんだか部屋の温度が下がってきました。会話の雲行きも怪しいですね。
「ジゼル様、テストが終わったらぜひうちに泊まりに来てくださいませ。エリカも楽しみにしています」
アシュフォード様の口元にクッキー(エレーナ様から死守した分)を差し出しながら、ジゼル様に提案する。この際、アシュフォード様が私の手から直接クッキーを食べたことはスルーしよう。アシュフォード様の唇が私の指に触れたのも気のせいだ、気のせい。あれ、私、クッキーの相当端っこを持っていたはずなのに。いやもうスルーしよう。
「おほほ。そんなに熱心に招待されて断るのはマナー違反ですわ! では、お勉強の続きをしてまいりますわね。ごきげんよう」
ジゼル様は分かりやすく機嫌を良くすると、ツンデレ発言をしながら答案用紙とともに走って部屋に戻っていく。
良かった。機嫌を損ねちゃったらブランドン様の勉強みていただけなくなるかもしれないもの。