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お読みいただきありがとうございます!
「お邪魔してしまい申し訳ございません。ブロンシェ・シャイスと申します」
「知っているわ。あれの婚約者でしょ? 有名よ。駄犬のテストの点数を上げるために勉強を教えるなんて私は嫌よ」
ジゼル様は少し吊り上がり気味のグリーンの瞳にありありと不満げな色をのせる。
さっきまでアシュフォード様と言い合いをしていた時は威嚇するような笑みを浮かべていたが、私を前にするとその恐ろしい笑みは消えていた。
「ジゼル様はテストの点がいつも良いですし、説明がお得意だと聞きましたので」
ジゼル様の成績はいつもトップ10に入っている。そして説明が上手いと言うのは、エレーナ様に渡した婚約破棄について調べ上げた資料がとても分かりやすかったからだ。でもエレーナ様から見せてもらったなどとは言えないので説明が上手いとお茶を濁している。
「ブランドン様はテストで良い点を取らないと卒業後の騎士団への入団が取り消されてしまうかもしれないのです。どうかお力添えいただけないでしょうか?」
褒めてからお願いする。これは基本の手だ。
「テストの点を自力でどうにかできないなら騎士団に入っても意味がないのではなくって? ただ剣を振るえばいいわけではないでしょう? 戦略を立てたり、敵の裏をかいたり、一瞬で判断したり。そんな方が騎士に向いているのかしら?」
うわぁ、きっつー。でも正論だ。
でもでも……正論がいつも正しいとは限らない。
「ブランドン様はまだ勉強の楽しさ……学ぶことの面白さが分かっていないだけなのだと思います。知識が点で散らばっていて……それが線でつながれば楽しくなるんだと思います。それには良い教師が不可欠なのです。学生の間に良い教師に巡り合えなかったからと諦めるには早いと思うんです。アシュフォード様ではその……ちょっと……」
「…………あなたの仰ることもわかるわ。私は家庭教師の先生が良かったから恵まれていたのかもね。でも、私が駄犬を助けたからといって特にこちらにメリットがないわ。私は聖人君子ではないの。ミュラー伯爵家の次男とつながりを強めたところで何もならないわ」
フンっとジゼル様はゴシップ新聞に目を落とす。
その横顔を見ながらエレーナ様とは違うタイプの迫力のある美人だなぁと見惚れてしまう。
ふんわり巻かれた髪を耳にかける動作も絵になるわぁ。
「まだ何か?」
立ち去らない私にジゼル様は顔を上げて眉を顰めた。
実はブランドン様の勉強を見てもらうのにジゼル様の名前を挙げたのは私だ。
学園の先生に質問するにもブランドン様はどこが分からないのか分からないから質問できないのだ。ここはジゼル様に助けていただく他ない。面倒見が案外よくって、そして厳しさも持つジゼル様に。
「あの……ブランドン様に勉強教えたら筋肉、見放題ですよ?」
「はあ??」
「え? だってお好きですよね? 筋肉が」
「ちょ! 何言ってるのよ!」
「え、違いましたか? だって通行証お持ちですよね? がーでぃあ、ふぐっ」
最後まで言わないうちにジゼル様の白魚のような手が私の口を結構な勢いで塞いだ。
アシュフォード様が立ち上がり、私とジゼル様の間に割って入ったためすぐに解放されたが、ジゼル様は周囲に素早く目を走らせた。
「ガーディアンクラブなんですが」
「ちょっと! 空気読みなさいよ! この空気で何で続きを喋るのよ!」
「え、だって他に誰もいませんし……」
「声くらい落としなさい! いえ、場所を変えるわよ!」