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「お前が1週間休んでいる間に色々と状況が変わった。まったく……風邪などに負けおって!」
「ごめんごめん~。熱出てるのに気が付かなくってさぁ、騎士団の鍛錬に参加して王宮10周走って、気づいたらベッドの上で5日経ってた」
「ちっ、この駄犬が」
「ダケンってアッシュはよく言うけどなんて意味? 犬の種類? 可愛い?」
「辞書を引け、辞書を」
「引いてもすぐに忘れちゃうから~」
天気の良い学園の中庭でランチをしながら、ピリピリしているアシュフォード様に対し、気の抜けまくった会話をしているのは風邪から復活したブランドン様だ。
うーん、相変わらずブランドン様の天然パーマの栗毛はふわふわのくりくりだ。今日は晴れだが、雨の日だともっと絶好調にうねっている。彼が犬っぽく見えるのはこの天然パーマとやや小柄な身長のせいだ。本人曰く、成長期らしい。
私はアシュフォード様が腰に回した手を離してくれないので、二人の会話を聞きつつ黙って持参したサンドイッチを咀嚼中だ。今日の具はローストビーフだ。大変美味しい。明日もこれが食べたい。
「……もういい。ブランドン・ミュラー。貴殿に任務を与える」
「はっ! ありがたき幸せ!」
いつもの騎士に任務を与えるごっこが始まった。ブランドン様は嬉しそうに跪く。ぶんぶん勢いよく振る尻尾が見えそうだ。
ブランドン様は会話からお察しかもしれないが脳筋だ。
学園の成績は剣術とダンス以外、すべて平均すれすれ。赤点でないのはアシュフォード様のテスト前指導のおかげだ。アシュフォード様がテストにでそうな箇所をピックアップし、それを一夜漬けで覚えるのだ。
アシュフォード様がふざけて始めたごっこ遊びだが、騎士になりたいブランドン様の働きがすこぶる良いのでずっとこの形式が続いている。
「カミラという女子生徒が殿下以外の男子生徒に近づくのを阻止しろ。手段は問わない」
「オッケー。それなら簡単。殿下はもういいの?」
「次のテストまで殿下は王宮の自室に軟禁だ。王妃殿下が留年すれすれまで低下した成績にお怒りでね。家庭教師たちがテスト範囲の勉強を詰め込んでいるところだろう。あとは溜まっていた公務をこなして頂かないと」
ニヤリとアシュフォード様は笑う。
「ふーん。ナンキン? 何かよくわかんないけど、そっかぁ」
ふーんで流しちゃいけない箇所な気がする。
「殿下より優秀な他の子息たちが被害にあってはいけない。国の将来に関わる。殿下一人を生贄に国の将来が救えるなら安いものだ。ところで、お前の父上から次のテストではもう少し点を上げてくれないかと頼まれている」
「え、もうテストだっけ?」
「ついさっきテストの話をしたばかりだろう。テストは2週間後だ」
「あー、んー……無い剣は振れない!」
「それを言うなら無い袖は振れないだ。学園の成績がこのまま悪いと騎士団に入れなくなるそうだ。平均すれすれではダメらしい」
「えー! せっかく週5で騎士団に通って隊長クラスと手合わせできるようになったのに!」
「週5は行き過ぎだ。週3に減らせ」
「そ、そんな……」
ブランドン様はこの世の終わりのような顔で落ち込んでいる。勢い良く振っていた尻尾はしゅんと垂れ下がる。実際に尻尾は見えないけど。
「お前の場合、剣は量より質だろう。勉強はとにかく量をこなせ。私ではお前に暗記は強要できても、勉強を教えるのはお前がアホすぎて無理だ。ということで明日までになんとかお前の勉強については対策しておく。それまではお前の休んでいた期間のノートを見直しながら任務を遂行しろ」
アシュフォード様はどさどさとノートの写しを積みあげる。ブランドン様は涙目だ。
「あ、アシュフォード様! こんなところにいたんですね!」
ガサガサ、そしてキンキンと高めの声を響かせて突如現れたのは先ほどまで話題にしていたカミラさん。
彼女の制服のスカートが規定よりだいぶ短いのは殿下の趣味でしょうか?
「エドワードがどこにいるか知りませんか? 教室に行ってもいなくって」
カミラさん。一応、第一王子には敬称をつけて。一応。
あ、アシュフォード様が舌打ちした。
「ブランドン、出番だ。リハビリだと思って行ってこい。これから忙しくなるぞ」
「アイアイサー!」
「きゃあああ!」
数秒後、麻袋をかぶせられたカミラさんが結構な速度でどこかへ引きずられていった。
「ブランドン、粗大ごみは今日捨てられないからな。あと、午後の授業までにはそのごみをなんとかして戻ってこい」
カミラさんは粗大ごみ扱いである。アシュフォード様の言葉に麻袋を引き摺るブランドン様は手をあげて応える。
中庭でランチをしていた他の生徒たちもベンチやテーブルを動かしてブランドン様の通り道を作っていた。
「はぁ……」
アシュフォード様は疲れた様子で私の肩に頭をのせ、私の手を取って、齧りかけのサンドイッチを口に運んだ。
「うまいな」
「はい、ローストビーフです。もっとどうぞ」
サンドイッチの入ったバスケットを差し出すと、眉をひそめられた。
「? 苦手なものがありましたか? ピクルスは入っていないのですが」
「ブロンシェに食べさせてほしい」
「え?」
「食べさせてくれたら疲れも吹き飛ぶんだが」
「え? え?」
アシュフォード様は非常にイイ笑顔だ。これはつまり、あーんをしろという事か。
「ダメか?」
殊勝なことを聞きながら腰に回った手に力が入っている。これは逃げられない。逃がしてもらえない。
「ブロンシェが食べさせてくれたらいつもより食べられる気がする」
アシュフォード様は忙しいとよく食事を抜く方だ。それが原因で一度屋敷で倒れたことがある。あの時私はたまたま一緒にいたが、あまりのアシュフォード様の顔の青白さに取り乱して泣いてしまった。
「むぅ……また倒れたりしないでくださいね?」
そっとサンドイッチをアシュフォード様の口元に差し出す。
私をみつめたまま嬉しそうにサンドイッチを頬張った。なぜイケメンはサンドイッチを大口開けて食べてもイケメンのままなのだろうか。
「忙しいとつい忘れるからな。ブロンシェが四六時中一緒にいて私を監視してくれればいい」
次を催促するように彼はまた口を開ける。私はサンドイッチをもう1つ口に運んだ。
「そういえば、先ほどのブランドン様のテスト成績に関してなのですが……」
アシュフォード様は頭が良すぎて、勉強を教えるということには不向きだ。1を教えて2~19はとばして20を教えてしまう。私も誰かに教えることができるほど抜きんでた成績ではない。
たまたまひらめいたアイディアをアシュフォード様に提案してみることにした。