第5話 入院病棟ロビー、数分後
「お晩ですー」
やけに間延びした口調で声を掛けてきた者があった。
それは、せすんが女に幾つものラムネ菓子あるいは薬を放り込んで、少し経った頃だった。
女は放心したように目を見開いたまま、倒れ込んでいる。
せすんは油断できないとばかりに、そのそばに立つ。
いろはは子供を抱いて椅子に座っていた。
「今回も無事に回収できたようですねえ」
同じ口調のまま近付いてきたのは小柄な老紳士。いろはやせすんと同じような黒いスーツ姿。大ぶりの本のようなものを、重たそうに抱えている。
「こちらが一番の大物、と」
彼は女を見下ろした。「あー、強いですね怖いですねえ、こんなに強い悪霊が相手では、おふたりとも大変だったでしょう」
「仕留めたのは僕ひとりだよ、上野さん」
自慢げにせすんが言う。
「負けそうになってたけどね」
いろはが口を挟む。
「い、いつから見てたんだよ」
「いちごミルクのパック投げた辺りから」
「まあとにかく、回収できて何よりです」
上野は言うと、本を開いた。「こちらさんのお名前、わかりますかあ?」
「聞いてない。どうせ覚えてもいないだろ」
「確かに。ではそちらのお子さんは…?」
上野はいろはに歩み寄り、抱えられた子供を覗き込んだ。
子供はいろはの腕の中で、丸くなって寝息をたてていた…白骨化した姿で。
「ああ、悪霊化していない子供は、本当に可愛らしいですな」
上野はにこやかに言った。
「名前は、まあちゃんです」
いろはが言うと、上野は本をめくり、読み上げた。「エダジマ・マコさん。享年一歳。これですな」
「それから、あっちに」
いろはが通路の向こうを指差す。そこでは数人の子供たちが、不安げにこちらの様子を伺っていた。
「あの子たちは自分で名前が言えます。それに、みんなお菓子を食べさせましたから、すぐ成仏できるでしょう」
「あの子たちは悪霊を恐れて、近づけないでいるんですね」
「何人かは喰われてしまったそうです」
「それはそれは…」
上野は気の毒そうに言い、子供達には微笑みかけた。
「先にこっちを片付けたら?」
せすんが言った。女の悪霊のことだ。
「そうですね、先に処置してしまいましょう」
上野は本をめくり、違うページにして読み上げた。
すると亡霊の体から白い炎が上がり、勢いよく燃えながらあっという間に全身を覆い尽くすと、灰すら残さずに焼き尽くしてしまった。
「後は私が引き継ぎますねえ」
変わらぬ口調で上野が言った。
「じゃあね、まあちゃん」
いろはが名残惜し気に、子ども服を着た小さな骸骨に告げる。そして丁寧に、椅子の上に寝かせた。
「これで成仏できるからね。あっちでも元気でね」
それを見ていたせすんと上野が同時に言った。
「親子感」
「それもういいから」
いろはが歩き出す。
せすんがそれを追う。
上野は本をめくり、暗がりに立つ子供たちに声を掛けた。
おわり
これで完結です。
読んで頂きありがとうございました。




