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夜行紳士  作者: エモトトモエ
3/5

第3話 入院病棟

 せすんは自ら指差していた建物に真っ直ぐ向かうと、サングラスを外して胸ポケットに納め、裏口からたやすく中に入った。

 そこは入院病棟だった。

 裏口のそばには、台車に載った洗濯物の袋やシーツの山、ごみの袋があった。

 暑くもない、寒くもないぬるく保たれた空気の中、せすんは通路をゆっくり進む。

 顔は真っ直ぐ前を向いているが、周囲の気配を察することに集中して。

 薄暗い裏口付近から、明るいナースステーションの前を通り過ぎ、病室が並ぶ横を歩く。

 看護師の姿がある。が、誰もせすんの方を見ようともしない。見えていないのだ。

 今のせすん、いろはの姿は、人には見ることができない。

 人には。

やがて階段があった。せすんは一度そこを通り過ぎ、棟の正面口まで来た。

 外来受付ほどに広くはないが、ここにもロビーがあり、ベンチや、対面の椅子席が置かれていた。

そして暗かった。

 空調の音が聞こえた。すすり泣くような声にも聞こえた。

彼はぐるりと視線を一周させると、用はないとばかりに鮮やかに身を翻し、階段を上った。

 その足音がやけに響く。まるで彼の後ろから、何人もが後を追ってきているかのように。

 せすんは足を止めた。

 階段の窓の前。窓が強風に晒されたかのように揺れ、今にも壊れそうな悲鳴を上げていた。

…外は無風であったはず。

 せすんは構わず先へ進んだ。

 その表情は僅かな緊張と…その奥に笑みが、隠れていた。

 入院病棟は5階建てだ。

 せすんはすべてのフロアを同様に見て回った。

 明るい所。暗い所。

 ひと気のある所。ない所。

 せすんがも探し求めているものの姿がない。

 それでいて気配は感じていた。だが弱い。というより遠い。遠巻きに見られているような感覚がある。

「不愉快だ」

 せすんは呟いた。

 そして彼の身のこなしが更に鋭くなった。エレベーターに乗る。1階に下り立つと、彼はロビーの自動販売機の前に。

「一番甘いものって、どれだろうな」

 独白しつつ、買ったのは紙パック入りのいちごミルクだった。

 ロビーの真ん中へゆくと、せすんは、なにものかに見せびらかすかのようにパックを持ち上げ…

 握り潰した。

 中身が飛び出し、せすんの手を濡らし、床に流れた。甘い匂いが辺りに漂う。せすんはそれを吸い込み、確かめると、潰れた紙パックを投げ捨てた。

「ほら、いい匂いだろう?」

 せすんは大声を上げた。「こっちへおいでよ、舐めさせてあげる。それに僕、もっといいもの持ってるし」

 言った瞬間、せすんの背後に冷たい風が流れ、背筋に悪寒が走った。



つづく

読んで頂きありがとうございました。

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