第2話 外来受付
いろはは門から真っ直ぐにひたすら歩き、広場を抜け、外来診療棟まで来た。外来は国道から入ってすぐにあるから、裏門からではひどく遠回りした恰好になる。
昼間であれば、受付はガラス張りでとても解放された雰囲気だが、今はガラス扉は閉じられ、ベージュ色のカーテンが扉も壁も覆い、中は全く見えない。
いろはが扉に手を掛け、開けた。裏門の時と同様に。まるで鍵など付いていないかのように。
それから彼は『受付は○○時からです』と書かれた立て看板を丁寧に持ち上げて脇に除け、カーテンをそっと引いた。優雅な仕草であった。
広い受付ロビーは、非常灯や機器のの小さなランプが点々と灯るほかに灯りはない。
暗がりに慣れたいろはの目には、ロビーに置かれた幾多のベンチと、その奥のカウンターが見えた。入口に背を向けるベンチ。奥の壁は、吹き抜けになった天井まで、高くそびえる。
教会、あるいは寺院…似ているなといろはは思った。
左右に目を向けると、左には通路が延びており。診察室、検査室との案内看板が読めた。
右にも通路があった。だが右側にはあまり部屋がないようで、突き当りの非常口が見える。緑色の非常灯は、真新しく見えた建物に比べると曇りが目立つ。出口らしきものに走り寄る人の形がぼんやりとしていて、人なのか、あるいは人に似た何かなのか、どちらにも見える…いろはがそんな考えに耽りながら、ふと通路の隅を見遣ると、そこにうずくまっている者がいる。
近付いてみると、それは小さな子供であった。
いろはがそばにしゃがみ込む。
子供が顔を上げ、いろはの顔を見た。
「私はいろはと申します」
落ち着いた態度と丁寧な言葉づかいで、彼は言った。「君のお名前は」
子供がか細い声で答えた。「まあちゃん」
「まあちゃんか。こんにちは」
子供はまたうつむいてしまった。
いろはが子供の肩に手を掛けようとした。その手が触れた瞬間、電気のような刺激が襲って来た。
痛みで彼の切れ長の目がさらに細く鋭くなった。だがそれは一瞬。
いろはの表情はすぐに穏やかになり、今度はしっかりと、子供の背に手を当てた。
「怖かったんだね。でももう大丈夫だよ。いろはのことは怖くないでしょう?…顔は怖いってよく言われるけど」
子供ははじめ、小刻みに震えていた。
いろははその背をさすってやり、返事を待った。
やがて震えは収まり、子供が再び顔を上げる。
そしてじっといろはを見つめた。いろはも静かに子供を見る。
「怖くない」
子供が言った。いろははそれに応えて微笑んだ。
それから子供を抱きかかえた。まだずっと幼いその子は、彼の左の腕に抱えられてもまだ余るほど小さく、本能でか彼に寄り掛かると丸くなった。
いろははベンチのある所まで移動し、子供を抱いたまま腰を下ろした。
「お菓子をあげようね」
いろはは右の手でスーツのポケットを探ると、ラムネ菓子のような包みをひとつ、取り出した。黄色いセロハンを左右で螺子っている、リボンのような形の包み。
それを子供に握らせた。
子供は初めて見るのか、珍しげに包みを見、手を開いたり閉じたりしていたが、すぐに飽きたようで包みを落としてしまった。
いろははそれを拾ってまた握らせる。
子供は戸惑った表情で、いろはを見た。
「そうか、開け方がわからないんだね」
いろはは頷き、包みを取ると、端と端を引いて中の菓子を取り出し、それを子供の口に入れてやった。
こんなものの開け方も知らない、幼いうちに…いろははそう言いかけたが、心に留め、口には出さない。
子供が笑顔を見せた。
彼は子供の頭を撫でた。
つづく
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