華麗なる男爵令嬢と春の鈴2
あれは
都でも大層雪の多う年でございました
彼女は、
何かを思い出そうとするかのように
手に持った紅茶をじっと見つめた
私は
そのころ
とても良い音の鈴を手に入れたところでしたのよ
まるで
その音は春の音のように優しくかわいらしく響くので
眠っている鈴蘭の側で鳴らしますと
鈴蘭が
春だと思って、小さな白い花を開かせたものでございました
とても嬉しくて
毎日毎日
どこへ行くにもそれを持って出かけたことでしたわ
私の歩く先よりその音が聞こえますからね
ちょっとした悪戯もできませんでしたのよ
横に座る紳士に
子供ってそういうものでございましょう?
と 彼女はクスリと笑った
紳士も
そうですとも そうですとも
と
談話室は 子供のころにしたいたずら話で
賑やかになった
それであなたはどうなさったのですか
伯爵夫人の鋭い声が、その賑やかな声を裂いた
あまりにも咎めだてるような響きに
談話室は気づまりない空気がただよって
しかし
彼女は気にする風でもなくつづけた
私の得意なことの一つにかくれんぼがございましてね
外に行けぬような
雪の日には
家中を隠れまわったものでございました
あの日も
今夜のような雪が降っておりましたでしょうか
そうなのです
あの日も
このような雪が降っておりました
伯爵夫人は目をらんらんと輝かせ
彼女から視線を外さなかった
伯爵は
静かに立つと
部屋を出て行ってしまった
窓の外は
一寸の先も見えぬくらいに白く覆われてございました
それでも屋敷には
たくさんの人が集まっておりましたわ
そう、夜会が開かれておりましたのよ
その日は王太子もお見えということもあって
雪というのに
人で賑わっておしましたわ
子供であった私は当然、子守りと子供部屋でしたけれどね
屋敷中に心躍るような空気が流れておりましたのよ
では
今の王の若き日にお会いしたことがあるということなのですね!
紳士の一人が興奮したようにグラスを掲げた
いいえ
彼の女性は静かに首を横に振った
私は子供でしたの
ほんとうに取るに足らない
あなたが
取るに足らない子供であったはずはないでしょう
横に座った紳士が、
彼の女性の手を取った
それに
王太子とおっしゃっても
今の王ではなく
王になられるはずであった方
その言葉に
カローヤン伯爵夫人は
あぁと息を飲んだような声を出した
しかし、その他の者たちと言えば
みなが遠い記憶を
呼び戻しつつあったが
ひどく靄がかかったようで
そこにあるのに
つかめないような
もどかしさを感じていた
皆様
覚えておらぬようでございますわね
彼の女性の言葉に
部屋の隅の暗がりに座っていた
顔を半分布で覆っていた男が
突然話し始めた
海を隔てた向こうにある隣国の
その上流家庭とはいえ
商人の娘と恋に落ちた王太子の話であろう
世間を賑わせたではないか
王太子はその身分を捨て
隣国へ渡ったとも
行方不明とも
気の触れた女に殺されたとも
そう噂されたのを
私は覚えている!
その男の声から怒りにもにた響きを聞き
私は驚いた
王太子には
とても美しく気立てのよい婚約者がおりましたの
彼の女性は
静かに立ち上がり
カローヤン伯爵夫人に歩み寄った
カローヤン伯爵夫人の瞳には涙が浮かんでいた
しかしながら
王太子は出会ってしまったのです
冬の商人に
みなさま
冬の商人をご存じでございましょうか
ゆっくりと
彼の女性は
一人ひとりに目を向け
最後に包帯の男で視線を止めた
冬の商人は
望むものなら何でも売ってくれるのです
ただし
温かいものを一つ奪われるのですわ
そんな話
聞いたことがない!と
誰かが叫んだ
王太子は
新しく出来た恋人のために
ラスコヴニクを手に入れたかったというお話ですわ
ラスコヴニクといいますとね
この世のありとあらゆる鍵を開けられる力を与えるという植物ですのよ
なぜ
そんなものを
異国の娘が欲しがったのでありましょう
子守りの目を盗んで
賑やかな広間を垣間見ようと
大人たちに見つからない階段の陰まで降りて行き
そっとその手すりの柵の間から
広間の扉が開かないだろうかと
私は
覗いておりましたの
お行儀のことは言わないでくださいませね
だって
子供ってそういうものでございましょう?
彼の女性は
伯爵夫人の横に座り
微笑んだ
異国の娘は
王太子に
ラスコヴニクとともに私の心も手に入りますでしょうと
ささやいておりましたわ
でも
私には分かりましたの
娘の心は
決して
王太子には手に入れられぬものであろうと
王太子は
冬の商人に
ラスコヴニクを願ったのですわ
王太子の持つ
たった一つの温かいものと引き換えに
そう
王太子の心を温め続けた
幼き日よりの婚約者であった
カローヤン伯爵令嬢でございます
カローヤン伯爵夫人が
彼の女性に縋りつき
嗚咽を漏らし始めた
談話室は
沈黙と怒りに包まれていた




