【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑱】
朝、まだ目を開けられずにぼーっとしていた。
俺の顔は、なんだか柔らかくて暖かいものに包まれていて、とても気持ちが良かった。
何だろうと思って触ると、ぷにぷにして気持ちがいいので、もてあそぶように何度も何度も握っては離しを繰り返して遊んでいた。
ようやく目が覚めてきて目を開けてみると、目の前にあったのはエマの、ふくよかな胸。
“ああ、俺はこれで遊んでいたんだ”
……って、なんでエマが俺のベッドで寝ている??
そういえば昨夜は、エマに襲われて、そのまま寝てしまったのだ。
顔を上げると、幸せそうに眼を閉じているエマの顔。
まだ寝ているみたいだから、起こさないで、そっとしておく。
絡めている足も暖かいし♪
きっと、お母さんの胸って、こういう安心した幸せを与えてくれるのだろうな。
エマが起きるまで、もう少しこうしていようと思い、また胸に顔をうずめた。
起きるつもりでいたのが、いつの間にか寝てしまっていた。
階下から玉ねぎとトマトソースの好い香りがする。
“シャクシュカだ”
(※シャクシュカは、野菜入りのトマトソースで卵を軽く煮込んだ料理。北アフリカから中東の地中海側諸国では朝の定番メニューのひとつ)
慌てて起き上がると、エマが居ないことに気が付いた。
“どこに行ったのだろう?”
洗面所にも居ないし、シャワールームにも居ない、トイレにも。
階段を降りると、シャクシュカの好い香りとともに、ムサとエマの話し声が聞こえてきた。
厨房を覗くと二人が居て、エマが教えてもらいながら料理に挑戦していた。
頑固者のムサが時折エマのジョークに笑い、まるで親子のように仲良く話をしながら調理をしている姿に、なぜかしら妬けてくる。
いくら優秀なエージェントだからといっても、戦って負ける気はしない。
だけど、こればかりは俺には出来ない芸当。
「あら!ナトちゃん。おはよー!!」
見ている俺に気が付いた二人が一緒に顔を上げた。
「おはよう。おいしそうだね……」
寝起きでダルそうな返事を返すのが、精一杯の抵抗だった。
夜にいつものバーに行くと昨日のペルシャ美人が今日も来ていて、俺たちが店に入ると、まるで待っていたかのように近付いてきた。
「こんばんは。ご一緒させてもらっていいかしら?」
「やー、いいともさ。見てくれよ、アマル。この俺様のモテっぷりを」
「そうか、それはよかった」
セバが俺の反応を期待している風だったので、精一杯努力して気の好い返事を送ってあげたつもりだったが、俺の答えに対する要求はもっと高かったらしくセバの期待には沿えなかったようだ。
「……ま、まあ座れよ」
セバは自分の隣の席を空けてくれたので、そこに座る。
エマは今夜も、コスプレをして水煙草を売るバイト。
もう最近では、客からのチップだけでなく、店の主から出演料も取って歌まで歌っている。
“頼むから、俺には絶対振らないで欲しい”
「私、レイラ。レイラ・ハムダン。32歳。宜しくね」
ペルシャ美人が、そう言って握手を求めて来た。
「俺は、アマル。18歳。宜しく」
握手を交わすと、どこから来たのか聞かれたので、シリアだと答えた。
「そう。白人だから私はてっきりフランスかイタリアから来たのかと思ったわ。じゃあ、お父さんかお母さんが欧米の人?」
さらっと世間話風にも聞こえるが、これは誘導尋問のようなものだと思い、答えずに逆にレイラが結婚しているのかと聞き返した。
「まだなのよ。世間の男どもは、どうしちゃったのかしら?こんな美人を放っておいて」
「理想が高いとか?」
「そうでもないわ。でも、できるならマルタに別荘くらい持っている人が良いわ」
「マルタに別荘って、そんなにいいのか?」
セバが話に割り込んできた。
「それは良いわよ。空が綺麗だもの」
セバが意味ありげな顔をして、俺を見る。
上手いと思った。
わざと能天気なことを言って、相手に深く探らせないテクニックは、エマと似ている。
ひょっとしたら危険な女なのかもしれない。




