【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑯】
扉がゆっくりと開くのとは反対に、勢いよく何者かの腕が俺の体を掴もうとした。
腕の主が誰だか分からないが、その腕を覆っている布は緑色が基調の迷彩服。
最近ザリバン兵が良く着用しているヤツに似ている。
咄嗟に腕を引き、掴もうとしてきたその手を逆に掴み返し、捻ろうとして途中で止めた。
「痛たたた」
「エマ!」
相手はエマだった。
エマは捻られた腕を痛そうに抑えながら、俺を睨んで言った。
「もう。何するのよ!いきなり」
「だって……」
それにしても優秀なエージェントのはずなのに、簡単に捻られ過ぎだし、ダメージ素直に受けすぎ。
ホント、大丈夫なのかな……。
「もしかして、敵か何かかと思っていた?」
「エマが忍び足で来るから」
「だからって」
私たちが化粧室でそんな話をしている時、誰かが近づいてくる気配を感じた。
エマがいきなり、俺の唇を奪う。
「んっ、ん……」
いつもながら、ほかの手は考えないのか……と息が詰まって、のぼせそうになりながら思った。
「あら、御免なさい。お取込み中のようね」
黒髪のスラッとした背の高い女性。
エマと違って教養の高そうなそう30代半ばのペルシャ系美人は、そう言うとニコッと微笑んで、来た通路を戻って行った。
今迄情熱的に俺の唇を奪っていたエマが、唇を離すなり、声を殺して言う。
「いい、揉め事は起こさないで。ここは敵の真っただ中。そして私たちは一介のリビア観光に訪れた普通の従妹同士よ」
唇を求めあう従妹って、居るのかとフト思ったけれど、それは言わなかった。
「でも、どうすればいいんだ?」
一介の市民が敵や男に襲われた時に、どうするべきなのか分からなくて聞いた。
「普通、キャーッと言って叫ぶでしょ」
そう言うと、エマはいきなり俺のお尻を鷲掴みした。
「何をする!」
咄嗟に身をかわし、エマの手を払いのけた。
「違うでしょ、そういう時はキャーよ。怪しまれるといけないから戻るよ」
夜更けにバーでセバと別れて、店に戻る。
途中でLéMATの軽装甲機動車とすれ違う。
運転していたのはジェイソン。
助手席に誰が座っているのかまでは、夜の暗がりで分からなかったけれど、屹度ハンスだと思った。
ハンスたちが真夜中に作戦を続けている中、毎日バーに行ってはビールを飲んでいる自分が恥ずかしくて、顔を見られないように俯いた。
店の前まで来ると、ムサが入り口の外に椅子を持ち出して、水煙草をふかしていた。
まるで門番をする兵隊のよう。
そしてこれは毎晩、私たちが返って来たときに目にする光景。




