【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑮】
あれからイシャ―が始まるまでムサの店を手伝い、礼拝を終えた後でセバたちと一緒に、このバーに顔を出すのが日課となった。
口を黒いレースで隠した妖しげなビジャブに、アラビア的模様を施したビキニ。
それに腰までスリットの入った巻きスカート。
香りのいい水煙草を吸いながら、それを客にも勧めて売る姿は、もう誰が見てもDGSE(対外治安総局)の優秀な大尉とは思えなくて“娼婦”にしか見えない。
エマなどは全く任務を忘れてしまって、派手なアラビアン衣装でポールダンスなどを披露して煙草の売上金の他に、客からチップを巻き上げる始末。
もちろんエマのおかげで客は以前より断然増えたし、店の店主も良いように騙されて、エマにバイト料まで払っている。
結構な稼ぎ。
「アマルもエマと一緒に、やりなよ!」
セバがエマの姿を見て興奮して俺に言うが、俺は人前で肌を露出するような恥ずかしいことをしたくはない。
「嫌だね!」
そっけなく突っぱねると「俺はアマルのほうが好きだ」と叫ぶなり抱き着こうとした。
もちろん抱き着かせはしない。
だけど危害も加えない。
目立ってしまうのは困るから。
(自ら好き好んで目立っている馬鹿者も居るけれど……)
俺はタイミングよく、椅子を後ろに引いて席を立った。
「おい、アマルちゃん。どこに行くんだい」
アマルちゃん!?勝手に人を“ちゃん”づけで呼ぶなよ。
セバから、ちゃんづけで呼ばれて機嫌は悪いが、顔には出さずに造り笑顔で「お色直しだよ」と言ってスルーした。
化粧室は店の奥。
たまに如何わしい男女が不純な行為をしていることもあるので、あまり近づきたくはなかったけれど、成り行き上仕方ない。
案の定、男性用の方から、怪しげな音がしていた。
それには構わず、女性用のほうに入る。
席を立った時から、誰かが後ろから付けている気配を感じていたが、どうしたものか……。
身体目当てで、あとを付けて来たのか。それともスパイだと怪しんでいるのか分からない。
前者なら貞操を守るため、後者なら命を守るための、行動をとらなければいけない。
今の私はシリアから来た陽気な従姉について来ただけの、ただの女性。
だけど命を狙っているのなら、逆にその命を奪うまで。
殺し方を工夫すれば、か弱い女性が偶然にも暴漢を撃退した。なんて演出はいくらでもできる。
だが、体が目当てだった場合、ここで大立ち回りをすることは、あとが面倒になる。
こういう時に、普通の女性がどのように対応するのか分からない。
男子用に居るあのフシダラな女みたいに、男を受け入れるのか?
“まさか、あり得ない!”
考えているうちに、忍ばせた足音がドアの前で止まった。
そして、ゆっくりとドアノブが回る。




