【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑭】
お店の手伝いをしているのでアスル(遅い午後の礼拝)とマグリブ(日没後の礼拝)は、お店の奥にある小さな礼拝所で交代に行なった。
特にマグリブが終わった時間帯は、お店の前に行列が出来るほど繁盛した。
ナカナカ順番が来ないと他所へ行く。
マグリブとイシャ―(就寝前の礼拝)の間は2時間もなくて、みんなこの間に食事を済ませたがっているから、遅い店は客を他所に取られてしまう。
狭い店内を駆け回り注文や配膳、それに客の支払いを受け取るエマ。
お皿を洗いながら、空いた時間に簡単な調理を手伝う俺。
熱い火を睨むように、調理に没頭するムサ。
行列を他所の店に取られることなく、全て店内に呼び込んだ。
はじめてにしては、ナカナカのチームワーク。
イシャ―の始まりを伝えるアザーンが鳴り始める頃には、もうクタクタ。
「モスクに行っていいぞ」
「でも……」
「あとの片づけは俺一人でも出来る」
「あざーす」
店内を駆け回っていたのに、疲れ一つ見せないエマが調子に乗って俺の手を引く。
俺は躊躇ってムサのほうを振り返る。
「いいぞ、行け。セバが待っているんだろ」
そう言われて、朝にセバがイシャ―の後で会おうと言ったことを思い出した。
もしかしたら、なにか情報が得られるかもしれない。
エマが俺の手を強く引っ張る。
「それでは、お願いします」
「行ってきまーす」
足早に駆けてモスクに向かった。
礼拝を終えると、朝出会ったところにセバたちが待っていた。
「よう、エマにアマル。店の手伝いはどうだった?メッチャこき使われただろう」
こいつ、忙しいのを知っているということは、昔手伝ったことが有るってことだと思った。
「疲れたわぁ~」
そう言ってエマがセバに抱き着く。
“さっきまで元気でピンピンしていたのに、いったいどういう女なんだ?”
「疲れを取るのに効果抜群の飲み物を出す店を知っているんだが、一緒に行くか?」
「いくいく」
そう言うエマに手を引かれて、俺もついて行く事になった。
連れていかれたのは路地裏の、暗いお店。
女性も何人か居たけれど、圧倒的に男の数が多い。
客層としては、特に人相が悪いというわけでもなく、どこにでもいる中東の男女。
だけれど、客の飲んでいる物は、小麦色の上に白い泡の付いたやつ。
“ビール!”
イスラム教では飲酒は“ハラーム”で禁止されているはず。
ハラームは絶対で、お酒と豚肉、犬や猫科の動物の他、ロバやラバなどの肉も禁止されている。
エマも俺も、本当はイスラム教徒じゃないけれど、今はイスラム教徒として振舞っているから絶対に飲んではならない。
特にエマがそのことに気が付いているのか気になった。
プシュッという炭酸が噴き出す音とともに、エマがビールの缶に手を伸ばす。
“ヤバイ!”
これは罠かも知れない。
「ふざけるな!戒律違反だぞ!」
俺は席を立ち、テーブルに置いてあった缶ビールを払い除けた。
床に落ちたビールがブツブツと文句を言う。
エマとセバが驚いて俺の顔を見る。
他の男は怒った顔で俺を睨む。
店の主らしき人物が慌ててモップを持って来て、落ちたビールを除けた。
静まり返る店内。
みんなが俺を見る。
「わりいわりい、最初に言っていなかった俺がいけねえ。アマルごめんよ。お前さんの言う通り酒は戒律違反だ。だが、これはノンアルコールビールと言って、酒じゃなくジュースなんだ。ホラ」
セバが落ちた缶を拾って俺に見せたのは成分表と、その上に掛かれたハラール(許可)の文字。
ビールと言ってもアルコール分が3%未満のものは、政府からハラールの文字の印刷が許されている。
「すまない」
「いいってことよ、飲みなおしだ。厳格なイスラム教徒に乾杯!」
他の者たちも、顔をもとの穏やかな表情に戻し新しいノンアルコールビールを持ち上げた。
そして、俺とエマも。
 




