【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑬】
荷物と言ってもバッグが一つあるだけ。
部屋に留まっていても、夕方までここには用はない。
付近を捜索して、捕まったエージェントを探すのだろうと思って聞くと「街に行こう」と言い出した。
街は国民議会派が制圧しているから、安全なはず。
対立する国民合意派と国民救済派は、内戦の最初は勢いがあったものの、その拠点は、1000キロ以上離れたトブルクまで押されていた。
だから、今のトリポリは平和。
宗教系テロ組織はリビア人には受け入れられず、衰退した。
残るのはザリバンだけ。
ザリバンが、このトリポリを混乱に陥れることで、国民合意派と国民救済派は再び勢力を盛り返すことになるだろう。
そうなればシリアのような、泥沼の戦場になる。
「なぜ、街に行く?」
「だって、買い物しないといけないじゃない。折角タダ同然で泊まれるんだから、長く滞在したいもの」
“長く滞在する” だって? こっちはサッサと任務を終わらせて帰りたいし、部隊や基地司令、それに一番肝心の捕まったエージェントだって、それを願っているはず。
「チョッとエマ!」
先に歩いているエマに抗議してやろうと思って、話しかけると「シッ!」と唇に人差し指を立てて静かにするように合図された。
「誰かに付けられている……」
「どうする。撒く?」
「いいや、そのままつけさせて、私たちが安全な人間だと思わせるのよ」
なるほど特に今、手立てがない以上、それが得策だろう。
しかし、俺には追手の気配など感じられない。
こういったところが、情報部員の凄さなのだろうと思い、後ろをついて行った。
街のスーパーに入り寝間着や普段着を買い、それからカフェに入ってパンケーキを食べて、ひとつのパフェを二人で食べた。
エマが「あーんして」とスプーンを持ってくるから、あーんして食べると、エマがモジモジしだしたので、エマにも「あーんして」と言って口に運んでやった。
無邪気に喜ぶエマとは逆に、追跡者のことが気になり、辺りを警戒している俺に「もっと楽しそうにしないと、気が付いていることがバレてしまう」と注意され、俺は無理やりエマを見習うようにじゃれついた。
通りの陰に入ってエマが「キスして」と言えばキスもしたし、抱かせてもやった。
ズフル(正午過ぎの礼拝)にも仲良く手を繋いで行ったし、何度も求められるたびにキスをした。
“ムサの手の者か?それともセバ?”
「今は、考えちゃダメ」
時折、追跡者のことが気になったが、言われるまま一日をエマと遊びまわって宿に戻った。
「あー楽しかった」と、エマが背伸びをした。
追跡されているプレッシャーなどみじんも感じさせない、清々しい顔。
凄い度胸だ。
しかし、一体何者が俺たちを付けていたのだろう?
窓際に座り外を監視した。
「もう大丈夫よ」とエマが俺に言う。
「でも」
「付けられていたのは私の勘違い。ずっと後ろから足音が付いていたのは確かだけれど」
「いったい誰が」
俺の質問に、エマがニッと笑い人差し指を向けて俺を指す。
「俺!?」
「そう。ナトちゃんの足音だった。おかげで楽しかったわ。キスもいっぱいしてもらったし」
「Fuck you!」
騙された!
急に脱力感が出て、ベッドに横になる。
“もー、熱が出そう……”




