【現在、ザリバン高原地帯14時05分②】
何故か、この男は嘘をついていないと思った。
「レスリングを?」
「ああ、こう見えても元フェザー級のオリンピック強化選手だった時代もあるんだぜ。少し力は落ちたかもしれないが、まだまだ練習すればやる自信はあるんだ」
「充分やれるさ」
「でも、君には負けた」
「たまたま木が有ったからな……幸運だった」
そう言って愛想笑いをした。
「たまたま、ちょうど良い木を見つけて、バランスを崩した振りをしたって訳か」
男は俺の嘘を見破ったように笑った。
そこには戦場ではない、スポーツマンの、試合後の世界があった。
だけど、ここでのんびり話をしている暇はない。
最後に、男の家族のことを聞くと、妻と5歳になる娘が居ると答えた。
「よし、おとなしくしていれば、屹度家族に会わせてやる」
そう言って男の傷口に布を包帯代わりに巻いて塞ぎ、次に目隠しと猿ぐつわをしようとしたとき、男が待ってくれと言った。
「どうした?」
俺が不思議そうに聞くと、男は「もういい」と言ったあと「君なら信用できそうだ」と言って目を閉じて、おとなしく目隠しと猿ぐつわを受け入れた。
縛り上げるのに、死んだ男たちの腰紐などを利用したおかげで、ズボンを履かすことが出来た。
いくら捕虜とはいえ、辱めを与えることは虐待に当たる。
全ての国際法を守る気はないし、すでに尋問の際に相手の肉体を傷つける違反行為をしている。
所詮、クリーンなルールなんて戦場では厳格に守られる訳がなく、努力目標に過ぎない。
だいいち人を殺すことが容認されていること自体、人間としてのルールに背いている。
そんなことを考えながら、RPGを取りに行き、そこに置いてあった無線機も壊して戻った。
そしてそのRPGを男に結び付けて、担いだ。
足場の悪い森の中をゆっくりと歩く。
行きよりも荷物が多いのは、男を担いでいるだけではない。
帰りに、もしも引き返してきた敵と遭遇した場合のため、首からAK47をぶら下げている。
敵と遭遇した時に、この男の命を守るため。
家族に会わせてやると約束した以上、放って逃げるわけにはいかない。
置いて逃げたとしても、情報を漏らしたことがバレると、処刑される。
だから、そうならないように、俺がこの男の命を守る。
簡単に人の命を奪ったり、自分の命を危険にさらしてまで人の命を守るなど、戦場は矛盾に満ちている。
幸いその心配もなく、森の端までたどり着く。
合図をすると、俺の姿を発見したゴードンが喜んでくれたのが見えた。
俺は、担いでいる捕虜を見せ、戦車をまわすように指示する。
直ぐにが戦車で迎えに来た。
運転は相変わらず負傷兵が担当して、ジムとゴンザレスの大男コンビがタッグを組んで、軽々と俺と捕虜を車内に引き上げる。
三人とも凄く喜んでくれていたし、輸送機に近づくと、ハッチの下や中で頑張ってくれている負傷兵や機内で戦っている負傷兵、それに重傷者たちまでも歓喜の声で迎えてくれた。
小さな機内は、まるで戦争に勝利したかのように沸き上がっていた。




