【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑫】
セバについて行くと通りの奥に古びた食堂らしい建物が見えて、開けっ放しの戸をくぐると、そこには背の高いがっちりした体格の老人が居た。
「その娘たちか」
頑固そうな顔に、大柄で、ぶっきらぼうな物の言い方は威圧感がある。
「ああ、ムサ。宜しく頼む」
ムサと呼ばれた男がジロリと俺たちを睨む。
隙のない眼差し。
チンピラとは違う。
「用は、それだけか?」
俺たちから目を離し、今度は店内を屯すセバの仲間たちを睨んで言った。
「ああ」
「用が済んだなら、さっさと帰れ。客以外の長居はお断りだ」
「ちっ」
セバの仲間が嫌な舌打ちをした。
「じゃあ、またな。えっと……」
「エマよ。そしてこっちがアマル」
「じゃあエマにアマル、またイシャ―(就寝前の礼拝)の後にでも会おう!」
「いいけど、脅しはなしよ」
エマの言葉に、ムサが鋭い眼光でセバを睨んだ。
「なっ、なんにもしてねーよ」
ムサの視線に怖気づいたセバが慌てて弁解し、逃げるように急ぎ足で帰って行った。
明かりのつけられていない店内は、思った以上に暗く感じる。
窓の外の景色が、やけに明るくてホワイトアウトしてしまいそう。
ぶっきらぼうな物の言い方のわりに、店内は綺麗に掃除されていて清潔感が漂っている。
屹度、この男の作る料理は美味いのだろうと思った。
「シリアから来たのか」
「ええ」
「なぜ、こんなところに来た」
「シリアが酷過ぎて逃げてきました」
「嘘を言うな。逃げるのなら、ここよりも治安の好いエジプトやクウェート、キプロスを選ぶはずだ。そんな理由ではセバは騙せても俺は騙せない」
「では、正直に言います。戦争でレプティス・マグナやガダミスが壊される前に見ておこうと思ってきました。そして出来るなら壊さずに残しておきたいと思っています。……これなら、どうでしょう?」
大胆過ぎると思って驚いた。
素性も知らない、今あったばかりの老人に、そこまで話してしまうとは。
確かに任務はバラクを捉えてザリバンの弱体化を狙うのが目的で、エージェントの救出は、その一部。
もしも、この老人がエマの話した内容を誰かに話せば、勘の好い奴ならすぐ俺たちの正体を見破るだろう。
しかしムサは、エマの言葉をスルーした。
「ふん。知ったことか。もう騒ぎは御免だ。それにセバにあまり調子を合わせんでくれ。
あいつは悪い奴じゃないが調子者だから、後先のことが考えられない」
そう言うと、ムサは店の奥に進んでいった。
「部屋は二階だ。見るならついて来い」
俺たちはその後を着いて二階に上がった。
「この通り、普通の民家の一室だ。泊まるなら泊まれ、宿代は要らんが、その代わり夕方に店を手伝うのが条件だ。料理は出来るか?」
顔を睨まれたエマが困ったように、ニヒヒと笑顔を見せる。
「お前は」
次に俺の顔を睨んだので「できる」と答えた。
「では、お前は注文と給仕。そして白いほうは調理と皿洗いでどうだ。条件は他にない。空いた時間は好きにすればいい」
夕方の少しの時間だけ店を手伝うだけで、泊めてもらえるなんて好条件だった。
俺たちは、本当にそれだけで良いのか、なにか裏でもあるのか考えているとムサが「何をしている。泊まるのか、泊まらないのか?」と聞いてきてエマが慌てて「はっ、ハイ。泊まります!」と答えた。
ホテルとは違い、部屋は普通の家庭にある寝室だった。
ベッドも二つある。
どこかしら生活感があるのに、生活臭さがない。
まるで大切なものを隠しているような、不思議な空間。
どこかで時間を止められているようにも感じる。
「ちぇっ、ベッドが二つに分けてあるじゃない……ねえ、くっつけて一つにしようよ」
「だめ」
「ちぇっ」
敵の真っただ中に入ったかもしれないのに、緊張もしないエマを逞しいと思った。




