【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑪】
コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ボーイが朝食を運んできた。
背の高い黒人男性。
「ブラーム!」
白い服が良く似合う。
たった一日離れただけなのに、懐かしくて抱き着いていた。
「よう。二等軍曹」
戸惑いながら、そのゴツゴツした手が肩に置かれる。
“いけない、昨日からすっかりエマのペースに、はまって思わず抱き着いてしまった”
「どうしてここにいる?」
体を離して俺が見上げると、ブラームがエマの方を向いて、回答を促す。
「実は、このホテルのオーナーはフランス人で以前から懇意にしてもらっていて、つい先日ここのセキュリティー担当者が二名辞めて空席が出来たの。それでアフリカ人とスウェーデン人の二人を雇ったって言うわけ」
「スウェーデン人、ニルスもか?」
ブラームがコクリと頷く。
「じゃあ、辞めた二人って言うのは」
「そう、エージェントよ」
「回収した武器は、セキュリティー担当者のロッカーに仕舞っておく。俺とハンス少尉は交代でどちらかが部屋にいるが、もしも居ないときは暗証番号19450815を押せばいい」
「覚えやすい番号だな」
暗証番号は、世界中を巻き込んだ大戦争が終結した日。
「他にHK416も2丁置いてあるから自由に使ってくれ」
「さあ、さっさと朝食を食べてファジル(早朝の礼拝)に行くよ」
「気を付けろよ」
帰ろうとするブラームに、そう言った。
「ああ、軍曹も……」
朝食を済ませ、外に出ると直ぐにアザーン(礼拝の始まりを告げる放送)が鳴り出した。
急いでモスクに向かい、そして礼拝を終え、セバが居ると言った場所に向かった。
セバは居た。
しかも仲間らしき5人の若い男たちと一緒に。
「よう、来たな。で、どうする?」
「泊めてもらうわ、もう少しここに居たいから」
「豪華ホテルじゃないけど、いいのかい」
「いいわ。あんな外国人が経営するホテルなんて、まっぴらよ」
あれだけホテルを堪能しておきながら、どの口が、そう言うのかと思って聞いていた。
「荷物は、それだけかい」
「そうよ」
エマが答えるなり、周りを取り囲んでいた男がエマと俺のバッグを取り上げた。
「何をする!」
咄嗟に取られたバッグを取り戻そうとした俺を、エマが止める。
「ちょっとぉ、何すんのさぁ」
エマがセバに文句を言った。
「すまねえな。宿の主は少し気の難しい男でね。ほら、この辺りは治安が悪いだろ。先日もフランスのスパイってぇ奴が一人、街中で銃を撃ったばかりでさ。まさかとは思うが、護身用の銃やナイフを持っていないか調べさせてもらうぜ」
一人の男が俺たちのバッグを調べている間、二人の男が後ろから俺たちの肩を掴み、正面に立った男二人が銃床のないAK47を衣服に隠して構えていた。
少し滑稽に思った。
その体制で銃を撃ったら、確実に仲間を撃ってしまうじゃないか。
所詮、テロ組織の底辺に居る奴なんて、この程度。
「大丈夫、普通の旅行者だ」
バッグを調べていた男が声をかけるとセバが、まるで今気が付いたかのように銃を構えている二人に「何してるんだ、大切な客人に銃など向けやがって」と怒った。
芝居じみている。
肩を抑えていた男の手が離され、俺は肩を払う。
そう、着いたゴミを掃き捨てるように。
それを見たセバが「生娘か?」とエマに囁く。
エマは「シエヘラザードよ、王が求めるなら相手をさせるわよ」と、笑って言った。
“おいおいこの女、作戦名まで言っちゃったよ”
“って、俺は求められても、王の相手などしないぞ!!”
 




