【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑩】
涙が止まらなくて目が覚めた。
頭を撫でていた手の感覚がスーッと引くのを感じて「待って」と、その体に抱き着いて止めた。
目の前には、再び現れたサオリの笑顔。
“戻ってきてくれた”
思わずその唇に、自分の唇を強く押しつけて「行かないで!」と、しがみつく。
口の中にサオリの舌が入り、私の舌を絡めてくる。
“違う!サオリじゃない”
とっさに離れると、そこにあったのはエマの顔。
「なっ、なんで、ここにいる!?」
「ゴメ~ン。やっぱり入ってきちゃった。だって寝心地好いんだもん」
「い、いつから」
エマは、俺の問いには答えないで、ニッと笑う。
「なっ、なんだ」
「ナトちゃんって、いつも強がっているけれど、本当は愛を求める女の子なんだね」
そう言って、俺の頭をヨシヨシして撫でる。
「よせ!」
俺は、その手を払いのけてエマに背を向ける。
「だって、私がベッドに入ると直ぐに、足を絡めて抱き着いてくるんですもの。その気になっちゃうわ♪」
「……」
「おまけに……うふふ♡」
「……」
エマは途中で話をやめて笑った。
夢の中でしたことを、全てエマにやったというのか?
「いっ、いや……お、俺は……」
なんとか弁解しようと思ったけれど、何をしてしまったのか分からないから、何をどう言えばいいのか分からないで、言葉が詰まる。
そんな俺にエマが覆いかぶさってきて、優しくキスをしてきた。
「うっ、な・なにを」
「いいのよ。寝ている時ぐらい素直になりなさい」
恥ずかしさと、動揺で、無抵抗にエマの唇を受け止めてしまう。
夢の続きを見ているような、甘いキス。
全身の力が抜けたように、そのキスを受け止めていた。
シャワーを浴びて服を着替えるとき、装備がないことに気が付いた。
「装備は?」
エマに聞くと、ナイフや拳銃などを詰めたバッグを見せてくれた。
「どうするの?」
「返す」
任務が打ち切りになったのかと思って聞くと、そうではないと答えた。
「じゃあ、なんで?」
「一介のシリア女性が持ち歩くのは不自然でしょ」
そう言って、催涙ガスの仕掛けられた口紅と、煙幕の出るヘアスプレー、それにスタンガンになる携帯だけ渡された。
「でも、どうして?」
「昨日のセバという男が言った宿に、引っ越すから」
昨日の男というのは、どうみてもザリバンの一味臭い男。
それこそ、危険だから銃は居る。
「折角、敵の懐に飛び込むチャンスが来たのに、銃やナイフが見つかった途端、おじゃんになるのは嫌だわ」
なるほど、そういうことか。
昨日からエマが目立つ行動ばかりとっていたのは、そういう趣味ではなく敵に目をつけてもらうためだと、その時ようやく分かった。
「OK、従うわ。でも、どうやって武器を基地に戻すの?」
あとを付けられたら、それこそお終い。
昨日俺たちを送ってくれた連絡員が、二度も迎えに来たのでは怪しまれる。
「大丈夫よ。もう直ぐモーニングサービスが来るから。それからナトちゃんは、今からアマル・ハシュラム。私の従妹よ」
そう言ってパスポートを渡された。
「アマちゃんが好い?それともマルちゃん?」
「アマルで良いよ」
意味が分からない。
この大事な時に、呼び方だの、モーニングサービスだなんて。
 




