【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑧】
部屋に戻って、エマに文句を言ってやろうと思っていた。
いくらお腹が空いたからと言って、敵であるザリバンの肩を持つようなことを言うなんてありえない。
本当は、街中で直ぐに注意しておきたいと思っていたけれど、潜入捜査で敵地の中にいるので我慢した。
部屋に入り、これから文句を言ってやろうとした瞬間、エマが人差し指で俺の口を押えて、シッと静かにするように合図を送る。
「あー疲れちゃったねー」
今度はウィンクして見せて、同意を促す。
「ああ」
エマはバッグから何かの機材を取り出して、辺りをくまなく調べ始めた。
“盗聴器”
そして俺に向かって「歌って」と言ってきた。
“歌?”
歌なんて、俺は知らない。
でもこれは、盗聴器を探し回っているエマのカモフラージュの為だろう。
そう思い、子供だった頃、サオリに教えてもらった「大きな古時計」という曲を歌った。
〽おおきなノッポの古時計、お爺さんの時計――。
バスルーム、ベッド、ソファー、ベランダ……。
部屋の中をくまなく探していたエマがOKのサインを出した。
どうやら盗聴器はなかったらしい。
「いいナトちゃん。諜報活動の時は出かけて戻った時は、必ず盗聴器が仕掛けられているものだと思いなさい。今回はなかったけれど、もっと資金力のある相手だったら確実に仕掛けてくるから」
そう言うとエマが俺の顔を見てクスリと笑う。
“ドキッ。もしかして歌のこと?”
そう。
サオリにも昔笑われたけれど、俺は音痴なのだ。
“キャー!”
緊急事態だったから歌ったけれど、平常心に戻ると、超恥ずかしい。
みるみる頬が火照るのが分かり、慌ててバスルームに駆け込んだ。
おっと、ひとこと言っておくのを忘れていた。
「エマ。不用心だから、チャンと見張ってて!」
「OK!」
シャワーで体を洗ってバスタブに入る。
子供だったら泳ぐマネが出来そうなくらい広い。
スイッチが有ったので、押そうと思って手を伸ばすと、二つあった。
何だろう?
まあ、押したからと言ってドカンと爆発することもないだろう。
そう思いながらでも、少しドキドキしてスイッチを押してみた。
押した瞬間、お湯がパッと青く光った。
“何!?”
瞬間的にお風呂から飛び出た。
ゆらゆらと光る青い光が、お湯を海の中から見上げた時のように幻想的に映し出す。
湯舟に座り、足を浸けパチャパチャとお湯を蹴ってみると、青い光も揺れる。
大きく蹴ると何故か分からないけれど、泡が立つ。
面白くて、もっとバチャバチャ蹴ると、あっという間にお風呂が泡だらけ。
夢中になっていると、いつの間にかエマが入ってきていて、慌てて泡の中に体を隠す。
「ごめーん。入ってきちゃった」
服を着て居る時よりも、豊満な肉体美。
大人の体。
「あら、折角明るい所でナトちゃんの体をじっくり見ようと思ったのに、何この泡」
「……」
「あー、それでバチャバチャお湯を蹴って、かき混ぜていたのね」
“うんうん”と首を縦に振る。
「このボタンを押せばいいのに」
そう言って、俺が押さなかった、もう一つのボタンを触った。
その途端、何かが爆発したのか、ゴーッという凄い音がして何かの圧力が体を押す。
俺が慌てて外に飛び出すと、エマに笑われた。
「ナトちゃん、もしかしてジェットバス初めて?」
コクリと首を縦に振ると、手招きされ「これはマッサージ効果もあるから、チャンと浸かって疲れを取りなさい」って優しく言われ、お湯に浸かった。
なるほど、これは本当に気持ちがいい。
お湯の中で背伸びをするように長くなる。
自然と体が浮く。
横から押し出される空気の粒が肩を、そして底から出る粒が背中から足首までをまんべんなくマッサージしてくれて、疲れがスーッと抜けていく夢のような気分。
このまま朝まで居られたら、どんなに幸せだろう……。
ところで、エマが静かなのが気になって目を開けた。
エマは俺の胸のあたりをジッと見ている。泡しか見えないはずなのに。
そう思って、自分の胸に目を移すと、周囲は泡だらけなのにお湯から飛び出した部分には泡がなくて、プルンと二つのお山が飛び出していた。
「キャッ!なんで?!」
「張りが良いわねぇ~。まさか、その大きさで重力に逆らうとは、君たちは相当に手ごわいテロリストだね」」
私の問いには答えずに、感心したように俺の胸に話しかけるエマ。
「もーっ!エマのエッチ!」
思わずエマにお湯のパンチをお見舞いして、慌ててお風呂を後にした。




