【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑥】
礼拝が終わり、二人で宿を探した。
エマは交渉が上手い、地中海の見える綺麗な宿を格安で手に入れることが出来た。
真っ白な建物に、真っ白な部屋。
カーテン付きのダブルベッド。
綺麗な薄い青色の大きいバスタブに、お湯を張ると屹度小さな地中海になるのだろう。
真っ白なレースのカーテンを開くと、目の前に広がる青い地中海。
白い広いベランダには、同じ色の小さなテーブルと椅子が2脚。
ベランダに出ると、風が心地好い。
青い地中海の手前には、もう一つ青いプールがあった。
「凄い!凄い!海の手前にプールがあるよ!見て!見て!地中海を船が走って行く!ほら、あそこを飛行機が飛んでいるよ!」
「嬉しい?」
「うん。すごく……」
ソファーに腰掛けて微笑みかけるエマ。
その笑顔は、小さな子を慈しむように優しい。
そして俺ときたら、はしゃぎまくって、まるで子供みたい。
”いやガキだったら、こんな風に騒ぎ出して煩いんだろうなと思って、マネをして見せてやっただけだ”
そう自分に言い聞かせて、咳払いをひとつして気怠そうにベランダに肘をつく。
エマがソファーを離れて近づいてくる。
「敵に見せる鷹のような鋭い瞳と、恋人に見せるドンチェリーのように甘い瞳。そして、まるで子供のような好奇心に満ちた瞳。ボーイッシュに髪を短くしてみせても、可愛さは隠しきれないわね」
(※ドンチェリー = ケーキなどに使われる、さくらんぼの砂糖漬け)
「ねえ……どのナトちゃんが、本当のナトちゃんなの?」
俺の横に来て、真っ直ぐに俺の目を見て、そう尋ねてくる。
その焦げ茶色の瞳を、どう見返せば良いのだろうと戸惑い、目を逸らす。
そして、この隙を狙っていたかのように、エマの唇が俺の唇に重なる。
“やめろ”
そう言いたくても、口を塞がれて言葉にならない。
ベランダに寄り掛かっていた体は逃げ道を塞がれ、振り上げた拳はエマの逞しい手に捕まる。
エマの温かさが体の奥に深く根を張るように侵入して、抵抗する力が徐々に奪われて行く。
サオリと初めて濃厚なキスをした時と似ている。
抗えない。
屹度エマは俺の何かを知っている。
そして。俺の攻め方も……。
ベッドの上で、まるで猫のようにじゃれながらこれからの作戦を聞いていた。
一番大事なことは、敬虔な信者である必要がある。
神のもとで戦う彼らに近づくには、それが最も重要なこと。
だから俺たちは、このあとホテルを出てマグリブ(日没後の礼拝)に出て行った。
 




