【2年前、リビア“Šahrzād作戦”⑤】
エマと一緒にカフェへ入った。
俺は紅茶にパンケーキを頼んだが、エマが頼んだのはチキンライスとピザ。
そのチキンライスには、骨付きのモモ肉が一本丸ごと乗っていて、ボリュームの半端なさに驚いた。
「よく喰うな」
「ナトちゃんも、チャンと食べないと、いつ食べられなくなるか分からないんだから」
そう言いながら「ちょっと味見」と言って、勝手に俺のパンケーキを取って食べた。
「なんで俺なんだ?」
エマが食事を平らげたのを見計らって、聞いた。
それにしても、よく食べたものだ。
エマは紅茶を追加で注文してから、答えた。
「だって、ナトちゃんアラビア語ができるでしょ」
「アラビア語なら、国軍の中にも話せるやつはいる」
はぐらかせられないように睨んで言うと、エマは諦めたように手を広げて降参の合図をした。
「正直言うと、アラビア語が出来れば誰でも良い訳じゃないの。危険な任務だから」
「それなら優秀なエージェントを連れてくれば良いだろ」
「んー。それはそうだけど……」
その時、エマの頼んだ紅茶が運ばれてきたので、一旦会話を止めた。
何故か俺の分の紅茶も運ばれてきたので、頼んでいないと、言うとウェイターのお兄さんから「美女にサービスです」と言われた。
それを見て、エマが「でしょう」と言う。
なにが“でしょう”なのか分からないので聞き流すと「私、百合だから、こういう時には思いっきり美女じゃないと駄目なの」
思わず口に運んだ紅茶を吹き出しそうになった。
「その顔にその体なら、別に百合にならなくても、引く手あまただろう」
我ながら、言っていて恥ずかしい。
「そりゃあ、今迄何十人も、いやそれ以上の男と寝たわよ。だけど結局行きつく先は、同じ体と心を持った女性。ねえ、ナトちゃん――」
そう言って、俺の手を握る。
周りの客がニヤニヤと俺たちを見ている。
「出よう」
そう言ってエマの手を取って店を出た。
通りに出て、ぷらぷらと街を歩く。
時刻はもう四時。
もう少ししたら、アスル(遅い午後の礼拝)の時間だったので、モスクに向かって歩いた。
時間が近くなるにつれ、同じ方向に向かう人が増えてくる。
そして、そのうちの何人かが、俺たちを見ていた。
エマが馬鹿な事ばかりするから、すっかり有名人になってしまったじゃないか。
こんな状況で、潜入捜査などできるのか?
モスクの近くに見慣れた車両が止まっていた。
VBL装甲車が2台。
国軍の最後のパトロール。
ナカナカ良い所に目を付けたつもりかも知れないが、この大勢の中からバラクを見つけ出すのは大変だろう。
 




